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好きだってことを忘れるくらいの好き

NODA・MAP 第24回公演 『フェイクスピア』 初日レポ

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NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』
初日の5月24日夜公演を観てきました。
 
いきなり私的な話で申し訳ないですが、元々舞台は好きだったけれど、明らかに演劇をガッツリ観るようになったきっかけが2012年の『エッグ』でした。
もうとてつもなく面白く、そして恐ろしく、すっかり何度も劇場に足を運んだり戯曲を読み込んだりせずにはいられないこころとからだにされてしまいまして。
それ以降の野田地図の公演は全て観てきた(まあたかが10年ですが)ため、新作のお知らせだけでも嬉しいのに、
うっそでしょ主演が高橋一生
私の大好きな一生さんがついにノダマップの主演!!
これはすごいことなんだよ、ねえすごいんだって、全国民聞いておくれー!!!
という気持ちで早3ヶ月弱。
 
初日全然まだじゃんとか、本当に宣言下で都の劇場で公演ができるのかなとか思っていたのに初日だった。おかしい。
というわけで野田さんの作品含め舞台好きとして、そして高橋一生さんファン(イセクラ)として、感情がごちゃ混ぜになった様をこれから整理していきます。
よかったらお付き合いくださいませ。
 

 前回の『Q』はこちら↓

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 

 
 
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【開演前 (ネタバレなし)】

 
・プレイハウスのドア入ってロビーの入口に当たる所?と言えばいいのかな。そこに非接触型の検温(手首かざしてピッって測れるタイプ。私は見たことない)とチケット確認&セルフもぎり。
 前回の『Q』の時めちゃくちゃ厳しかったガチ本人確認ですが、今回は拍子抜けするくらい一切ありませんでした。
 もうこの時下で公演ができるかどうかも、チケット買った人がその日に行けるかも、全部全部わからない状態ではやらない方が私はいいかなと思いました。*1
 
 
・物販はチケットもぎりの奥、いつもの場所です。今回はパンフのみ1300円。
 いつも思うけど野田さんケラさんクラスの舞台ってパンフも本当にすごく丁寧にこだわって誂えてらっしゃるのがすごくわかるんですけど、とにかく安すぎてびっくりする。もっと払わせてほしいです。
 
・座席は100%販売してた模様。ほぼ満席じゃないかな。私の周りには空席なかったし、最後列の仮設椅子席も埋まってたはず。
 
・プレイハウスは携帯の電波抑制装置付いてる劇場なはずですが、当たり前ですがスマホ等の電源は切ってください。
 今回は鳴ってなかったけど、先日の一生さん出演の朗読劇の時のマナーの悪さ、現場にいたけどありえなさすぎて本当に心底怒ってる。
 
まさかのプレイハウスの入口の思いっきり前で大倉孝二さんいらした。あと座席も近くでびっくりした。
ナイロンの公演も大倉さんもすごく好きで、本当に舞台の大倉さんの存在感って異常ですよね。いらっしゃるだけで笑えたり、不穏だったり、空気を掻き乱すのがわかるんです。
 今回一生さんと大倉さんの絡みが一番めちゃめちゃ楽しみだったのでとっても残念ですが、お身体が何より一番なのでゆっくりお休みになってほしいです。
 今年末ナイロンの本公演あるはずだし、そこでまた拝見できれば我々ファンは嬉しいです。俳優さん方にはとにかく楽しく健やかに長く芝居をしてほしい。
 
 
 
 
 

【本編  ※ここからネタバレします。未見の方は絶対見ない方がいいです】

 
 
 
 
 
どういう順番で話したらいいのかわからないので最初に思いっきりネタバレですが、
 ざっくりいうと前半はシェイクスピアの四大悲劇をなぞるような人生を語る男が二人、恐山のイタコの元に予約?がダブルブッキングして出会います。片方の"楽"と名乗る者(橋爪功さん)は幼少の頃に死んだ父親に会いたいようで、やがてその二人は死んだ父親と息子だということがわかります。
 後半は息子の同級生であるイタコ(白石加代子さん)の昇進試験を行いながら、やがてその息子の喪った父親=monoと名乗る者(高橋一生さん)は、日航機墜落事故の際に搭乗していたパイロットであることがわかり、死を覚悟しつつ残したレコーダーの声によって、自殺を考えていた息子は踏みとどまり生きることを決めます。
 こんな簡単に話せる作品ではないのだけど最も簡潔に言うならばこうではないでしょうか…
 
 
 
≪美術・衣装≫
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・客席に入って最初に目につくのが舞台の上方の「FAKESPEARE」の文字で、遠目でよくわからなかったけど素材としては骨みたいにも見えたし、銀紙みたいな質感にも見えたしよくわからなかったです。
 「R」だけ文字が反転していたのは、フェイクというテーマゆえでしょうか。
 パンフレットにある堀尾幸男さんの美術のスケッチ見たら、文字のところは仮設プロセニアムアーチだったんですね。
 本当の芸劇の舞台の中にプロセニアムアーチをさらに作るということは、この舞台で繰り広げられる物語の虚構性とメタ構造的なところの強める装置なのかなとわたしは推測しています。
 本来ならば舞台上で上演される作品は全て虚構であって、現実の観客である私達と対峙するものだと思うんですが、
『フェイクスピア』の面白いところはシェイクスピアのお話の引用もするし、シェイクスピアらしいおじさん(笑)も出てくるし、途中でフィクションである星の王子様まで出てきちゃうし、何より話の軸は「死者が醒めて見る夢(同時に生者も見せられている夢)」(←この表現が適切かは微妙)だと思うので、『フェイクスピア』というフィクションの中に更にフィクションが沢山出てくる。
 だからこそ全体の解釈が本当に難しくて最終的には私はお手上げだったんですが、装置として視覚的にそういう意図を含ませた可能性はあると踏んでます。
 
・『エッグ』の時に大活躍だったブレヒト幕が今回も大活躍で、各演目観るたびにあの転換の仕方凄いなと思ってます。
 幕を動かす人も、幕に合わせて入れ替わる人も、全員のタイミングと速さが求められると思うので、それだけで体力めっちゃ使いそう…
 あと今回はキャスター付きのどこにでもありそうな椅子をあんなものやこんなものに見立てる…という使い方が見事で、一歩間違えれば速度が出すぎて怪我しそうなので、うまく制御されているのもまた凄いなと思いました。
 
・よーく見ると日本的な要素が溶け合っているのが野田さんらしいというか、美術・衣装・美粧・振付等視覚面のチームの特徴なのかなとも思いました。
 最近の『東京キャラバン』のシリーズをいくつか報道等で拝見していた時の雰囲気と結構似ているなぁと感じてました。
 例えば、白石さん演じる皆来アタイの衣装に能の面の絵が大胆に描かれていたり(地がピンクで白石さんにとてもお似合いですごくきれいな衣装だった)、
アンサンブルさんが男女ペアで踊るときに男性が女性をリフトして女性が操り人形みたいな独特な動きをするのが浄瑠璃みたいだったり、
上述の美術スケッチの中で舞台に何本か刺さっているように見える柱に「シテ柱」「ワキ柱」と書かれていたり。
 
・柱は特に劇中でもかなり目立っているんですが、恐山に来た人間=生者は同じところから降りないと帰れないという台詞とか、
 最初下手側から出入りしていた楽とmonoが何度もレコーダーの箱を奪われるのは死者の夢を繰り返していたからで、逆に後半で上手側から楽がmonoを探しに行く流れは、思いっきり能舞台の構造をなぞってるんだろうなと後で気づきました。
 
 
 
≪一生さんについて≫
 
・とにかく一生さん、走り回りすぎてノダマップ〜!!!感が凄かった。
 作品違っても毎回なんだかんだ運動量…とは思うんだけども、前回『Q』の時は志尊くんめっちゃ走るな〜って感想だったので、ただいま不惑になられた一生さんがあんなに走り回るのは本当にすごい。
 舞台装置も山を作っている分、高低差が激しい構造なので、あれを走り回るのは本当におかしい…体力おばけか…
 おそらく野田さんの舞台は日本で一番1公演が濃密かつ全体スケジュールも長丁場で過酷に違いない舞台だと思うので、本当に身体だけは大切にしてください…勿論全カンパニーの皆さんそうなんですけど。
 
・monoと楽の会話の中で、いやいやこれシェイクスピアのアレじゃん!とパロディのような家族の事情を垣間見させられるのですが、イセクラ的には一生さんの直近の舞台が『天保十二年のシェイクスピア』でよかったのではないでしょうか。
 あの舞台を観ているといろいろシェイクスピアの話の良いとこ面白いとこ取りだったから、十分すんなり理解できる素地ができていたのだなと、改めて井上ひさし先生を有難く思いました。
 一生さんと橋爪さんのやりとりが本当に面白いし、とにかく芝居がお上手な方同士なので「これは良いものを見ている…」としみじみ思います。
 
・まさかのイセ子大活躍!!!!!笑
 一生さんは楽との会話の中で4大悲劇の女性をやりつつ、最後にハムレットのお父さんの亡霊になるので、いやそこかいな!とツッコミたくなるんだけど、まぁそこまでの女性役が上手いんだわ…声音・表情・佇まい、全てがハッとするほど色っぽい。美しい。
 あとその女性役の芝居の後、気を失って倒れるみたいな流れを繰り返すのですが、なぜか舞台の淵のぎりっぎりのところで倒れる笑。 その倒れた時のお顔も本当に美しいんですよ… 最前の人、顔めっちゃ拝めるよね?近すぎでは?最前のイセクラ大丈夫?生きてる?(私も前方のチケットほしかったよ!!!)
 今回のキャスティングの妙というか、この一生さんの中性性みたいなところが存分に活かされているところ、すごく嬉しく思いました。
 そういえば、最近だと『天国と地獄』で日高彩子の時の芝居で何度「かっ、かわいい…」と思ったことか…(※40歳男性です)
 私は未見ですがオールメール版『から騒ぎ』のビアちゃん(ビアトリス)をめっちゃ観たくなりました…円盤買おっかな…だって某めっちゃチュチュするシーンしか観てねえんだもん…
 
亡霊芝居中の一生さんのセルフエコーがすごく面白かったので観てほしい。
 笑うシーンじゃないのに笑っちゃうって。
 
・一生さんのことたくさん書きたいんですが、とにかく私は"mono"という役名がすごく印象に残ったし、野田さんが一生さんにこの役を託してくださったのが嬉しい。
 冒頭で「monoは一つの音」という台詞があったので、最初音源のモノラルとステレオの"mono"を連想して、monotone・monochrome・monolologue・物・者などいろんなイメージが広がりつつ、
「monoが語る」=物語る物語なわけで、彼が居なければこの物語は存在しえないわけだし、monoの元来の意味から連想していくと、単一であることは唯一無二であることだと思うし、様々なイメージを重ねられる記号のような音の響きと運命を背負ったmonoという役柄は、一生さんの芝居という行為や俳優の存在に対する考え方と完全に合致するところがあると思うんです。
当たり役というのとはちょっと違うけど、この役は他でもないこの人がやるべきなんだということだけは強く思いました。*2
 
 ・先ほども書きましたが、一生さんの中性性も然りなんだけども、虚実とか生死というそういうものたちの微妙なあわいを表すのが本当に絶妙で、そういう象徴みたいな"mono"はやはりぴったりだなと思うんですよ…
 
・最後に思い出しましたイセクラさん方すみません衣装ね!
 
 もう写真出てるので見てほしいのですが、髪型が僕キセ・みかづきくらいの時のふわっふわパーマに戻っていて、日高との落差でまず死にます。覚悟してください。
ちなみにカテコでお辞儀する度、その髪がふわふわ揺れるのでまた死にます。心臓何個もプレイハウスに捨てる覚悟してきてください。
衣装は茶系のブルゾンのようなものに、黒のズボンとブーツのような靴。
終盤で分かりますが、その下にパイロットの服として白シャツ・黒ネクタイも忍ばせています。
ブルゾンは腕から先の部分の内側(体側)が空いていて腕の出し入れができ、ちょっとポンチョ?みたいに見える瞬間もあったり。
劇中で腕の出し入れしているところに意味があったのかはよくわからなかったです笑。

 
≪言葉について≫
・野田さんの頭の中は一体どうなってらっしゃるのか、毎回覗いてみたくなるくらい台詞が面白い。というか、言語って面白い、とすら思います。
おなじみ言葉遊びは今回もちりばめられており、
    呼んでません⇄読んでません
 置いてかれる⇄老いて枯れる
 四大悲劇⇄呼んだ悲劇
 イタコ⇄(恐山に)居た子
 皆来(ミナライ)アタイ⇄見習い
 心当たり⇄心、辺り
ざっと上げるとこんな感じでしょうか。
 
・パンフレットの稽古場見学記も恒例ですが、今回寄稿されている角田光代さんの文章が素晴らしく、ぜひ購入された方はお読みください。
 普段から「言葉で現実を再構築する」小説をお書きになっている視点から、台本と台詞の関係について言及されているのですが、
 先程挙げたような言葉遊びの台詞を台本で読んだとして、それは文字面の理解、つまり記号の理解であり、
 役者の肉体を通して声で発せられることで、初めて現実となるというような旨を書かれていて、かなり私の中で作品に対しての解像度が上がりました。
 
・更に踏み込んで考えるとき、例えば"mono"という明らかに記号的存在が主人公に据えられている作品において、シェイクスピアの作品群或いは『フェイクスピア』というフィクションそのものにおける言葉が役者の肉体を通して上演され、現実として立ち上がっていく様を見ることができるのは、「文字通りに」記号的な文字面の羅列が現実へと変化していくのを目撃している瞬間であるし、
 monoが携えていた箱=レコーダーは現実に存在している「コトバの一群」であって、リアルな肉声を記号的存在が運び、現実世界の私たちに再度もたらすことで、もうどっちがフェイクまみれかわからないような作品世界と現代世界の中で、monoとレコーダーは虚実が混ざりながらも特異な存在としてとても際立つように思いました。
 
角田さんも言及されていましたが、劇中で生死にかかわらず「声が聞こえていること」を存在として認識するイタコの在り方は、私もとても印象に残りました。
 つまり、声がある所に死者と生者・虚実が交わるという点でも、イタコの居る恐山を舞台にしたことは必然の流れだったなと考えられるし、『星の王子さま』に出てくる
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
という有名な台詞を、すごく広く深く展開したら『フェイクスピア』になるし、劇中で引用をするに至ったのかなとも思いました。
 
 
≪役者さんについて≫
 
・ナイロンファンとしては村岡希美さんも好きなんですけど、もっと出番があっても良かったのでは…!もっとお芝居拝見したかった!
 とにかくお声が静かに艶があって素敵なんです。途中でイタコ昇進試験のシーンで真っ暗になるけど、暗闇の中でも村岡さんのお声はすぐわかる。
 終盤の機内のシーンも、コックピットに居るパイロット以外のキャビンアテンダントの役柄が一人しかいないので、
 搭乗客に対してずっーと一人で指示を呼び掛けているんですけど、それがまたすごい緊迫感が出ていて。
 どういうシーンでもお声に存在感があって、きれいに響いて埋もれないのが凄いと思います。野田さんも「もっと評価されるべき」とパンフレットに書かれていたけど私もそう思ってます。(とりあえずまずは阿佐ヶ谷スパイダーズの公演を観に行かねば)
 
・野田さんはもう出て来られるだけで優勝なので観てください。登場だけで面白すぎる。
 シェイクスピアのガチな扮装で踊るあのシーンの為だけにもう一回観に行きたい笑。
 
・代役で入った伊原さん。大倉さんの件は残念ではあるけれど、三日坊主のなんというかチャーミングさがよくわかったのと、例えばレコーダーを盗まれないように手にもって高く持ち上げるところ等、体格の良さが際立つようで伊原さんで良かったのかも。
 伊原さんと長年の友人である川平さんが、ある意味三日坊主と対になるアブラハムだったのはすごく良くて、あの声の通り具合と登場の時の勢いやコミカルさが素晴らしかった
 うっかり「楽○カードマンッ!!!」って言いだすのではと思ったのは私だけでしょうか…笑
 
上の二人はハムレットのローゼンクランツとギルデンスターンに当たる、というのがはっきりと劇中で示されるのですが、最初「神の使い」と名乗っているんですね。
 最後まで見ると結局「使者」⇄「死者」であり、彼らも事故で死んだパイロットであったことがわかります。
 神が一体何なのかがよくわからず観ていて、あと近年の野田地図作品の着地点が【戦争】に行きつくことが多かったのもあり、ずっと自分の中でミスリードしていて、「神の使い」すなわち神風にまつわるパイロットの話なのではないか…と結構終盤まで思い込んでいたせいで、かなり自分の中で消化不良を引き起こしてしまってました。
    一生さんの衣装のブルゾンもちょっとパイロットっぽかったし、特攻隊で死んだお父さんなのかなとか頭をよぎってしまった…
 
 
前田敦子さんが野田さんの舞台に出るイメージが正直なかったけど、”星の王子様”とか”白い烏”とか、決して明るくない物語の中でひとすじ風を吹き込むようなさわやかさがありました。
 
 
≪物語の主題と解釈について≫
 
・正直"星の王子様"を登場させた意図を全ては解釈しきれなかったのですが、サン=テグジュペリと楽の父親であるmonoはまず墜落事故で亡くなった点で重なる存在ですよね。
 また、登場人物の中で”星の王子様”は【被創造物(者)】です。「息をしていない」けど、サン=テグジュペリによって創造された存在で、それはまたmonoが楽に届けようと残したレコーダーの声と同様の存在なのだと思います。創造者と被創造物が2組存在することになる。
前者はフィクション、後者は現実事故のことを鑑みるならばノンフィクションであって、既にこの2つについて考えるだけでも虚実の境目が混ざっていくのだけれども、生み出された意図の有無やその存在の虚実にかかわらず、被創造物は誰かを守り、ある種の希望のようになりえる可能性を感じました。
 
・これ間違っていたら申し訳ないですが、星の王子様の台詞で「僕が生み出されたのは箱を開けさせないため」みたいなところありませんでしたっけ?
 箱=レコーダーではあるけれども、劇中に神話の要素もあったせいか、あれは”パンドラの匣でもあったのか?と思いました。フィクションがフェイクな言葉を以っても生み出される所以は、現実に災いを起こさないため。虚構で様々なことを描いて見せることで、現実に良い形で還元していくようなそういう意味もあったのかな…とも思うし、
一方、パンドラの匣がレコーダーなのであれば、たった「永遠+36年前」の事故の話をあれだけ忠実にフィクションに持ち込むことすらも、人によっては「それはまだ早すぎるし開けてはならない」という解釈をする人もいるのかもしれないですよね。
 
・また私的な話ですが、今回私が消化不良だった一因は、私自身が日航機事故について殆ど知らなかったことが大きいです。事故の後に生まれた世代です。
 ほかの方にも「これは年齢案件」と言われてちょっと気持ちが軽くなりましたが、観劇中は「あの事故のことかな?」とは思いつつも終盤まで確信が持てなかったです。
 帰ってから事故のことを調べたし、親に事故の報道について聞きました。そもそもどの程度まで報道されていたのか、世間一般の認識はどこまでだったのか、当時生まれてない人間にはその感覚は全然わからないからです。
 正直、以前までの野田地図作品で扱っていた【戦争】の方が、必ず学生時代に習う内容ですから自分にとってはなんとなく理解しやすい要素が多く、もっと昔の話なのにどこか近いとすら感じてしまったんです。私はその感覚がちょっとショックだった。人の死に近いも遠いも、軽いも重いもないはずなのに。
 私のその個人事情を物語のわかりにくさ・難解さとつなげてはいけないと思うのですが、どうしてもハードルが高かったです。墜落までの描写の緊張感や、椅子と身体を使った表現の見事さにただ圧倒されて、何も考えることができませんでした。
 
・終盤、客席からすすり泣く声がかなり聞こえてきたことも印象的でした。
この当時を知る人間にとって、本作での事故の描き方はどんな感覚を与えるのか。生々しいほどに要素として取り入れているのか、フィクションと現実の距離の取り方としてどのように感じるのか。
そして、例えば江戸時代の歌舞伎の新作なんかは何かの事件が起きてすぐ作品にしてセンセーショナルな評判を残した作品もあると聞いたことがありますが、果たしてどのくらいの年月を挟めばフィクション化を世間や個人が受け入れられるのか、風化をさせないためにはどうしたらいいのか、問うても問うても答えの出ないことが自分の中でせめぎ合って止まらずにいます。(この辺り、ぜひ特に30代以上の世代の方にお伺いしたいです)
 
・冒頭から「頭を上げろ!」の台詞や日付、「永遠+36年前」という表現から、気付ける人は事故のこと気付いていたんですよね。
 冒頭の方の台詞で「頭を下げろ!」と突拍子もなく叫んでいたと思うのですが、一生さんの言い方が面白くてちょっと笑ってしまったんですよね。でも最後まで観て、それは全然笑えることではなかったことに気付いて、ちょっと血の気が引く気分でした。
 でもそうかと思うと、楽の自殺未遂のエピソードで隣の人が自殺して人身事故が起きて、「ご迷惑をおかけしております」という駅のアナウンスに対して「人が死んだことがご迷惑になってしまった」と楽が突っ込んでいたと思うんですが、それにクスって笑っている、明らかに私より年上の方々も居て。いやそこ笑うとこじゃないよね?って私はすごく引っかかってしまって。
 この2つは同列にならないのかもしれないけど、私にとっては近い話で、知らないとか遠いとかそういうことだけで人の死とか悲劇って笑えてしまうかもしれない人間ってなんなんだろう、って思ってしまいました。
 

 
 
≪冒頭とラストシーンについて≫
・本作の最初のシーンが「誰にも聞かれないまま音を立てて倒れていく木」をアンサンブルのみなさんの美しい身体表現で表しつつ、
 monoが「誰にも聞かれない言葉は言葉たりえるのか」というような台詞で始まるのが素晴らしくて。
 monoは死者なので、厳密にいえば彼が遺した声が届いたのかは本人は知る由もないはずだけど、そこにイタコという存在を媒介することで、楽に届けることができました。
 楽はそこで「『楽』『しんで』生きていく」と話して、それを見て静かに笑ってmonoが去っていく(ここの一生さんの表情が本当に素晴らしい…)というところで物語は閉じられます。
 monoが自分の声が届いたとわかることってすごく希望だし、フィクションだからこそできることですが、例えば実際のレコーダーの中の「コトバの一群」が死者が願った相手の元に声として現実に届けられたものもあっただろうし、私のような後世に生まれた人間もまた虚構の形としてそれが今届いているんですよね。
 誰にも聞かれないmonoの存在を存在と認められるのか、に対しての答えは私にはわからないけれど、少なくとも重い話の中で「届いた」ということはすごく眩しく、救いに感じました。
 
・そして、この時下を考えると、「誰にも聞かれない、見せられないままお蔵入りになった作品」が沢山あったと思います。
 戯曲や美術や役者や照明や衣装や音楽や、いろんなものが準備されていたとしても、それら単体では【演劇】ではないのだと思います。
 舞台に乗せて、上演して、客を入れることで、初めて成り立つものだと、きっとお考えになっている方が多いと思います。
 きちんと初日に幕が開くことは、今や奇跡だと噛みしめるものになってしまったからこそ、目の前にある言葉たちが「誰かに聞かれた言葉」になって良かったと心底思いました。*3
 
 

 

 

*1:でも普段だったら前回並みの本人確認設けて然るべきと思います。ノダマップさんのいいところは毎回当日券出してくださるところで

近場に住んでるともうそれでいつでも観られるし、観客の可能性が増えるしとても良いけど、
そこまで柔軟に対応されても転売が無くならない以上、チケトレやリセールを併用しつつ厳しくするしかないと思う

*2:私から話すのは恐れ多いので、一生さんのお考えがよく分かるインタビューをぜひ読んでいただきたい…

www.nikkei.com

www.lmaga.jp

*3:パンフレットの南直哉さんと野田さんの対談が凄まじすぎたので、絶対に読んでほしい。  

  劇中にも聖書(言葉の葉の話、アブラハムの役名等)や神話(エピメテウスの話?だったと思う)の引用がふんだんに盛り込まれているのですが、難解だけどめちゃくちゃ面白かったです。これは理解しきれないのでまた観に行くまでの宿題としたい気持ち。

坂元裕二朗読劇 2021 「忘れえぬ 忘れえぬ」、「初恋」と「不倫」 4/18『不帰の初恋、海老名SA』『カラシニコフ不倫海峡』レポ

【盛大にネタバレしてます!!!】

 

 初日の『忘れえぬ 忘れえぬ』の様子はこちら↓

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 
⚪︎衣装

…は13日と同じ。やっぱり家森みのある一生さん(それで沼に落ちたから好き)

酒井さんだけ髪型ちょっと違って、『初恋』 はパーマっぽい感じてゆるくウェーブかかってて、『不倫』 では後ろで編み込みシニヨンみたいにまとめてて3公演とも素敵でした。


内容については書籍化されているため割愛し、 ネタバレガンガンしていきます。

 


●『不帰の初恋、海老名SA』

 

・一生さんは『忘れえぬ 忘れえぬ』 の時は膝に肘を置いて基本右重心。年月の経過とともに本を持つ高さが少し下がっていくようでしたが 、今日は2公演とも深く座り、正面重心の場面も多かったです。(演出として姿勢を変えているかまではわからなかった)

 

・マイクトラブルが多く、時々ガサガサ音が入ったり一生さんの声が入らなかったりしてたけど、演者は動じず。流石。


・『忘れえぬ〜』に比べると、おそらく現代東京に生きる大人が出てくるためか、例えばショッピングセンタームラハマがどこにあったか忘れてしま った玉埜くんのくだりとか、いわゆる固有名詞を出して雑談のような話をし始めた時の一生さんの声の素の低さと響きが良すぎて、私の中の何かが飛んだ。


・後述しますが、ラストで一番最初に三崎さんが玉埜くんに宛てた手紙を探し出してきて、読み上げるシーンで私は泣いてしまいました。

    教室の中で透明人間だった君を見つけてしまった彼女が最初に宛てた文章のみずみずしさ、 酒井さんの声がまた高く可愛らしく戻った瞬間、そして二人を照らす照明が下手後方から窓枠のような影越しに射していたこと、全てが静かに混ざり合っている奇跡に。
 ああしておけばよかった。こうしておけばよかった。通り過ぎなければよかった。あの手を放さなければよかった。

    初恋は帰らないけれど、手紙の中では戻れる。かつてお互いがその中で生きて出会っていたように。そんな今ここからありえる希望を書簡の中に感じて、いろんな気持ちが込み上げました。

 

 

●『カラシニコフ不倫海峡』


・冒頭から酒井さんの声が前2作と全然違って度肝を抜かれた…今思うと、低く、落ち着いた、様々なことを諦めては諦めて、 絶望を知っている人の声だった。


・どうしても不倫の話だし、ホテルでの逢瀬のシーンとかお互いのパートナーとのセックスはどうだったのかとか、大人な内容多めですよね。

 そういうシーンで敢えて状況描写だったりその時の心情の吐露だったり、そういったものを結構淡々と台詞を紡いでいく感じが逆に現実味があったし色っぽいなと感じたのが新鮮だった。


・「ハリネズミ お風呂」で検索して「可愛かったです」 と台詞を話す一生さん、あなたが可愛かったです…

    あと「ヒカリエじゃなくてカゲリエ」とか「人生は竹内まりやさんが思うよりは悪いもの」とか、 ちょっとクスッとくるところで割と客席から笑い声起きてて良い雰囲気だったな。

 

・「photoshop」のイントネーションは私もナゾでしたwそもそも正解がわからんのでスルーしちゃったけどやっぱり違和感あったよねイセクラさんたち…笑

    「暑中見舞い」噛んでてやっちまった顔をされてたのがバッチリ見えたのがわたしはむしろ嬉しかった…

 

・今年に入ってから殺害現場を掃除しがちな高橋一生…笑

    (気になる方Paraviで配信してるよ観てね!)


・実を言うと今回最前列センターだったんですよ…なので、一生さんが左手側のページを読んでる時に、もう少し目線が上がったら私と目が合うのではないかと思って緊張する距離感でした…

    推しのことガン見はしたいけど、ご本人の視界に入るのは申し訳ないタイプのイセクラなんで…

(近すぎて毛穴とか眉毛とか気にする余裕はなかったし、そもそも物語にすぐ引き込まれていた)


・上述の通り、『忘れえぬ』の時は右手で台本支えて持っていたけど、今回は逆の手でも持ってたしすこーしだけ持ち方違ってたような。

 

 

⚪︎酒井さんについて

一応イセクラなんですけど、すみません、酒井さんが素晴らしかったのでちょっとまとめて感想書かせてください。


・初日の『忘れえぬ』の時、 一生さんと酒井さんの声の質が違うから対照的でいいな~くらいの感想しかなかったんですよ…

 でも今日の2本は完全に酒井さんに持っていかれました。

 
・『初恋』で「好きでした」と告白する長台詞のシーン。 好きになっていく日常の過程から気持ちを伝えるところまで、どんどんグラデーションがついていくのがわかったし、私朗読劇で泣くことってあると思ってなかったです。 演者も観客も。

 心の底から切実に発せられているような「好きでした」 が聴こえてきて、その時あっ酒井さん泣いているんだと思って、ハンカチで拭いながら読まれていて最初すごく驚いたんですが、私も視界が滲んで見えてきたんです。

 初恋にして、きっと人生でこんなに人を好きになることはないって解ってしまった人の「好き」だな、と思って、最後までずっと胸がギュッと痛くて、

でもそれがお守りだった彼女の半生が、夜の高速道路を滑り込むバスみたいに私の中に映像として流れてきました。

 


・『不倫』では、 301号室で警察が来てドア直どんどんされてるシーンの長台詞が やはり壮絶なものでした。

    田中さんが「逃げ続けてきた」ものへの恐怖、積み上げてきた" 普通"が壊れゆくことのいとも簡単な過程。擦れながら叫ぶような声音と表情で、彼女の諦めばかりの人生の悲痛さが迫ってきました。

 ウーロン茶のおばさんに恩返しがしたくて生きてきたような感じ。 恋だけじゃなくて、人生で偶々起こった一見ささやかな出来事が、 人を生かす支えになるからこそ、 その恩返しすら叶わず最後に発せられた「お疲れ様です」 の絞り出すような声は、一生忘れられないと思いました。

 言葉で上手く言えないんだけど… 酒井さんは完全に憑依するような感じがあって、今までの私が知らない心を打つ何かがありました。


・ 一生さんも今日は結構台詞噛んでるところが少々あったんですが、いつも完璧なイメージの一生さんの人間らしい面が見えた気がして逆にうれしかったし、特に田中さんの死を知って語りだす長台詞のところ、おそらく直前の酒井さんのお芝居が凄かったからそれにつられる感じがあったなと。

 その死について口にする時、一寸話すことを躊躇うように、それから本を少し持ち直すような仕草を見せて、口語のようなリズムというか朗読ではなく本当にしゃべるように、揃っていないリズムで吐き出すような感じだったんですね。

    私はそういう一生さんあんまり観たことがないなと思ったのでちょっと衝撃的だったし、一瞬だったけど印象に残りました。

    というか、そもそもその一生さんの長台詞の間もずっと酒井さんがすすり泣く音が聴こえていたんですよ… この瞬間の舞台上の熱量が凄まじくて、ただただ凄いものを観ているとしか思えなかった… これはとんでもないものを目撃しているなって…

 
・全編通してお二人とも芝居が上手いのは勿論なんだけど、役者同士の相乗効果を目の前で見た感じがしました。

    他のペアを知らないのでなんとも言えませんが、少なくとも『不倫』はベテランコンビとしても、年齢やご経験を鑑みてもお二人で観られて絶対に良かったと思うし、他2作も落差の凄さというか幅広い年齢・生い立ち・キャラクターを使い分ける凄みを観るのもまた面白かったです。

 わたしは今年度の朗読劇からしか拝見してませんが、 なぜこの高橋一生×酒井若菜ペアなのか、というのが完全に今日わかって、 あんまりに想像してないくらい感情を揺さぶられて情景が流れてきて、奇跡みたいな瞬間に3回も立ち会えたんだ… という事実で帰り道も涙目でした。10年前から拝見したかった限り… 

 

⚪︎カーテンコール

    皆さんレポで絶対書かれてたけど、 本当に最後の公演のカテコが尊かったです…泣

    基本2回のみで終了、深くお辞儀のみで、一生さんが正面のまま少し後ろに下がり、 レディーファーストで酒井さんを先に通して退場…と言う流れなのですが、

今夜はお二人の実質千秋楽だからか、『不倫』 の時は大サービスで4回も出てくださいました…お疲れのところありがとうございます…!


    3回目でお辞儀のあと、二人で顔を見合わせてにっこりされていてまず尊い…となった後、まさかの4回目も出てきてくださり、また見合わせてもっとニッコニコされて、酒井さんから一生さんに腕を組むように抱き着いてぴょんぴょん跳ねてた(としか形容できない)んですよ〜〜〜アァァァァもうめっちゃくちゃ可愛らしかったし、さっきまであんな凄まじいお芝居をされている方々とは到底思えないギャップでさらにダメですよね…好き…🤦‍♀️

    おそらくなんですが、酒井さんのTwitterを拝見していて、この朗読劇のトップバッターだったしすごく緊張されていたのではないかと思うので、それが解けたのもあると思うんです。

    そういう切り替わってほっとされている瞬間を目の前で見ることができたので、 本編と併せてすごく印象に残ったし、本当に観に来られて良かったです…

    あと一生さんと酒井さんの身長差がまことに良〜!って感じでした。一生さんすらっとしてる…王子様か…

 

 

⚪︎坂元作品について、まとめ

・『初恋』の三崎さんと『カルテット』の世吹すずめは、 互いが変奏のようだなと思っていて。

    川での事故然り、「ありえたかもしれない悲劇は形にならなくても 、奥深くに残り続けるんだと思います」と話す三崎さんと、「 行けなかった旅行も思い出になる」と話すすずめちゃん。

    恋は日常となって、 長めで急めな階段やエスカレーター降りる時に添えられる手になり 得るし、 封筒に切手を貼ったり住所を真っ直ぐ書いたりする時にちょっと頑張れるようになる。

生き方と考え方が根本的に似てると思うんです。

    だから『初恋』が3作のなかでは一番好きだと思ってたし、 高橋一生×満島ひかりでやるべきでしょって思ってたんですけど(それはそれで実現してほしい)、そういうのは全部酒井さんに持っていかれて私の中で崩れました。

 

・『不倫』の田中さんのことを初めてちゃんと考えた気がする。

    一年前に公演が決まっていた時にも本を読んでいたはずなのに、その時は何も思わなくて。今回改めて読み返して、公演に行って、ガラッと印象が変わりました。

字面で読んでいた時よりも、声によってあの空間に立ち上がっていたものがあまりに生々しく感じられて、とても他人事としてスルーできなくなりました。(やっぱりお二人の技量のおかげ)

   

    夫に「ものを知らない人間は、ものを知ってる人間の奴隷になるだけ」と言われるの、酷すぎて今更ショックだったんですよね。3作の中で一番嫌な台詞かもしれない。

ここで言う奴隷というのは、私としては"主体性を持つ"ことを許されないことなのかなと解釈しました。だから自由がない。「知らない」から狭められた世界と選択肢の中に留められてしまう。

自分のために働くことも、誰を好きになるかも選べなくて、それが積み重なった絶望が彼女を殺したんだって。

 

   つまり、自分で選べる自由は彼女のささやかな望みだったんですよね。

だから、終盤で待田さんに対して「今日のわたしはあなたのものでありたいと思っています。正しくもない。間違ってもない。でもそれは、やっぱり望んではいけないことだったんだなと思います。」と話したシーンが私はきっついなと思って。どうしてこんな言葉を彼女が言わなきゃいけなかったんだ?死ななきゃいけなかったんだ?って。

不倫は勿論よろしくはないのだけどそれとは別に、私も自分の生まれ育ち出会った環境や人次第でもしかしたら彼女になっていたかもしれないなって気持ちで、選べずに降りかかる不幸や不条理に対する憤りが劇中ずっと私の中を貫いてました。


・…というか、ここまで挙げた人物たちに限らず、坂元さんの世界に対する捉え方が一貫していて、様々な作品に散りばめられた台詞を思い返してます。

つまり、世界で起こり得ることは日本でも起こり得るし、あなたに起こったことはわたしに起こったことであるし、どこかの誰かの死はわたしたちの心の死である、と。それはきっと、本当の意味で世界を「知る」ことと同義となるのだと。

    目を覚まさないゆっくりさんも、同い年の女の子が死んだ川の事故も、麻薬戦争で東急ストアのライムが品薄なことも、全部等しいものとして捉えて描いていたし、それらを等しく見做さず考えないことを「その人の前を通り過ぎるという暴力」と表現するところが、私はたまらなく好きだなと、改めて思いました。


・坂元さんの作品では、遠い世界の関係ない人というのは存在しないはずで、そう思ってたはずの人を近しく引き寄せて考えさせてくれるんですよね。

    そのことの象徴が、今回『忘れえぬ』 が書き下ろされて3作に増えて、登場人物たちの年齢が上がるのと共に、そして作品毎に舞台が湖→川→ 海とまさに悲しみが流れ込んでいく様に、繋がっていくことに表されていたのではないか、と帰り道に思いついてまた道で泣きました。

凄い。もうどうしたらいいのかわからない。

 
・今回は朗読劇で、舞台装置も衣装もほぼなくて、立ち上がって動くこともできなくて、言葉のみで魅せていく中で、全然知らないある二人の人生の片鱗を90分だけ耳を傾けてるだけなのに、

湖の時計台までの道程が、

海老名SAに流れゆく車の列が、

渋谷に向かう東京の路地が、

全て情景が目の前に流れて、本当に二人が生きているのを見て聴いていると思えるんです。

あるかもしれない、あったかもしれない、人生の一つとして。

坂元さんも役者さんもだけど、あの空間を作っている全ての方がプロフェッショナルだなと脱帽する想いでした。


今回の朗読劇のことをわたしもお守りにして、支えにして、 生きていくと思います。

 

坂元裕二朗読劇 2021 「忘れえぬ 忘れえぬ」、「初恋」と「不倫」 4/13夜 初日『忘れえぬ 忘れえぬ』レポ

【盛大にネタバレしてます!!!】

 

 4/18の『不帰の初恋、海老名SA』『カラシニコフ不倫海峡』はこちら↓

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 

⚪︎衣装

一生さんは、髪の毛は前髪なし真ん中分け(で合ってるのかな)

みんな気になってた眉毛!程よくありました!!!喜べ!!!!!

服装は白シャツ、首の隙間から白地に黒線で模様の入ったスカーフのようなものが中に見えて、うまく言えないんですがタイのようにされてました。

そこに黒くて膝丈ほどのロングジャケット。ズボンはコットンか麻地のような薄手の生地で灰色がかっていて、少しゆったりしたシルエット。靴下は黒、靴は紐靴で黒。

途中で気づいたんですが、タイと靴下の違いだけ除けばこの格好ってカルテットの時の家森の演奏スタイルでは…?と思った。

 


酒井さんは黒のVネックのシャツ、腕の袖元に銀のスタッズのような飾りが転々とついていた気がする。スカートは白でテロッとした光沢のある生地。

(4/18 追記

シャツの丈が下手側だけ膝くらいまで長く、前身頃が上手側にかけて斜めに短くなっていく面白いデザインだった…13日と同じシャツだと思うのに気づかなかった。

膝から腰くらいまではシャツが覆っていて、その下にスカートが見える感じでした。)

 


⚪︎舞台装置と演出

一生さんが下手、酒井さんが上手、白い大きなひとりがけソファが二つ置かれている。

酒井さん側だけ白いクッションがあって、酒井さんは朗読時にクッションを膝に置いて、その上に腕を置いて本を持ってました。

一生さんは少し足開いて深く座ってて、少し右重心だったかな。本を基本的に右手で支えて、左手で捲りつつページ押さえてたんですけど、その右手の骨張った陰影が私の席からばっちり見えたため、好きすぎてダメだった…右手が今日一番エロかったです…

 


装置は特にないのですが、演出として音楽と照明アリ。

作品が1年ずつ夏の日を描いていき確か5年分進んでいくので、1年ごとに暗転&音楽がかかる感じ。

照明が本当に素晴らしくて、湖畔の話だったからか湖とか川とかの話の時に少し青みがかってたし、湖で夕日がキラキラ「鳴っている」時の橙が強くなる照明がめちゃくちゃ美しくて、朗読と合わせて脳内で完全に映像が流れて泣きそうになりました。

往復書簡のため、語り手が1人のみで長台詞になるときはどちらかだけに照明が強くなって、片方は暗転、というところも随時ありました。

 


⚪︎『忘れえぬ 忘れえぬ』について

書き下ろしの今日が初演ですよね…?内容を知らない分、展開が読めなくて本当に面白かったです。

同い年の少年と少女、11歳から4〜5年間の物語で、夏休みにある条件のある子どもだけ入れられる湖畔の学校のような施設が舞台です。次第に夏以外に過ごしているそれぞれの家庭環境の辛さ(まさに「初恋」と「不倫」が絡んでいた)や、施設のある秘密が明らかになっていって、互いが互いの救いや拠り所になってはすれ違う様が描かれていきます。

 


一生さんについて。冒頭のカタコト?というか文法がめちゃくちゃな少年の話し方から、少しずつ流暢になっていく変化とか、相手を拒絶するぶっきらぼうな言い方や告白をする時のあの低い声で言い切られる話し方、私めちゃくちゃ好きなんだなって思いました。

冒頭5分くらい目の前に一生さんが居る距離感のバグと声の良さに慣れなくて動揺して震えてました…

酒井さんは声が高めというか可愛らしい響きなので、より対照的で良いのかもしれません。

 


「忘れえぬ」こととは何なのか、タイトルの意味が最後に分かると、やっぱり坂元さんらしい話だなと思いました。

手紙やメールをやり取りするということは、相手の不在が前提にありますよね。一緒に過ごす時間が短く限られていても、「離れてる時に育むのが恋だ」みたいな台詞どこかでありませんでしたっけ。

不在だからこそ相手を想うこと、送るかは別として心の内を言葉にしていくこと、その営みはどんなにその物語の設定や世界が変わっても、すごく根本的で強靭で美しいと思ってしまうな…とぼんやり思いました。

 


それは、一生さん演じる最里(もり)くんが酒井さん演じる木生(きお)ちゃんから言葉をもらっていくことや、

森くんが眠れない木生ちゃんに怖い話を作って話すこと、

それから中盤から鍵を握る人物である、事故で目を覚まさないまま施設に居る「ゆっくりさん」に対して、最里くんがいつか目を覚まして治ってほしいと願う気持ち、

そういったやりとりに象徴されるように思いました。

最里くんと木生ちゃんは恋愛の側面があるけど、最里くんからゆっくりさんに対しては「祈り」なんだよね。別に恋愛じゃなくても、不在の相手に対する想いは、手紙という「祈り」として介在することができる、ということを改めて認識して、私としてはグッと響きました。

 


でも、一番良かったのは坂元さんが「恋」というものを定義するのに、木生ちゃんの台詞として「恋とは世界から自分たち以外の敵を遠ざける闘いのことだ」みたいに表しているのが目から鱗で感動した。

恋は世界が美しくなるのではなくて透明になることで、嫌なものや人を遠ざけて見えなくして、相手と2人きりの世界になるからこそ美しく見える、のだと。

 


2人が夏休みに会えていた時、いつも待ち合わせていたのが「6時3分」から動かない時計台だったこと。止まってしまった時の中に2人だけ生きてたようで、それは蚊帳の外の私からしても美しいと思ってしまいました。

 

坂元さんが紡ぐ物語は、不思議な役名とか恋の捉え方とか手紙のやり取りとか、通奏低音としてどの作品にも通ずる何かがあっていつも素敵だし、私はそういうところがやっぱり好きだなぁと改めて思い直した初日でした。

 

(何だったか忘れたけど焼き魚にタルタルソースかけて、穏やかな木田さんと林田さんと森田さんがめちゃくちゃ喧嘩になるシーンとか、唐揚げレモンの変奏じゃんと思ったし、「バカヤロー」って言うとこがあって、言い方が家森っぽかった。チラつく家森…)

 

 

 


あっカテコの一生さん、酒井さんをレディーファーストで先に舞台袖に通してて紳士だったよ!!!好きだってことを忘れるくらいの好き!!!!!

回顧 2020

思い付きで始めた自己満足企画も4年目!誰にも求められなくても、たのしいからやめねーぞバカヤロー(誰)

 

「趣味が多くて、好きな人やものが多すぎて見放されてしまいそうだ〜ということで毎年好きを整理して大放出しつつ、あわよくば他人に布教したいという下心だけでやってます。」
はい、今年も文面にするとひどい。

今年は総じてこんなご時世なので推し活量も少なくなってるかな…と思いましたが、「配信」と「平日でしかも一席飛ばしの映画館」という武器を手に入れてしまい、そっちの方面は結構狂ったように摂取できていた模様。

あとミニシアターエイドとか四季のクラファンとかライブハウス支援とかに少しお金を出したり、丁度自粛期間にいつ読むの\今でしょ!/とカミュの『ペスト』を読んだりして、それなりに文化的生活を絶やさないようにしてましたね。

毎年恒例ながら、所々手前味噌ですが引用してますので、良い作品・良い沼があればぜひ貴方への布教になればと思います〜いい推し沼気分〜

(♡マークは特に好きな作品につけてます)

 

 

 

☆美術・展示・建築

ミイラ展 @科博

ショパンー200年の肖像 @練馬区立美術館

画家が見たこども @三菱一号館

♡きもの展@トーハク

バウハウス展@東京ステーションギャラリー

ドレス・コード? @東京オペラシティギャラリー

大東京の華@江戸東京博物館

TBSドラマキュンフェス@豊洲IHI

♡分離派建築会100年展 @パナソニック汐留

 

❇︎やっぱり今年は少なかったなー世界中でバーチャル美術館とか流行ってたとか知ってたとはいえ。

 

❇︎音楽・絵画・服飾・建築・交通など越境した展示はやっぱ面白い。そして絡んでくる都市の歴史。

ショパンの居た都市開発直前のパリや、関東大震災を境に都市開発の進んだ東京を追うトーハクの展示や分離派建築会の流れ、めちゃくちゃ面白かった。

 

❇︎分離派建築会はいちいちメンバーの方が仰っていること(理念とか)が格好良かったです。展示自体のレイアウトや販促物・グッズのデザインも攻めてた。

直後に観たNHKのSWITCHインタビューでの、中村拓志さんの発言を聞いていてふと繋がる。

 

❇︎きもの展はきものが本当に文字通り並んでいて、和風・和洋折衷両方ともめっちゃくちゃハイセンスで素敵でした…わたしも毎日あんなスーパーイカした和装女になりてえ…

 

❇︎キュンフェスはここに入れていいのかわからん笑。すべてはメロンパン号とポリまるのために。

 


☆ライブ(配信含む)

東京事変『ニュースフラッシュ』閏日初日参戦

新生音楽 Vol.2・Vol.3

星野源10周年記念ライブ『Gratitude』

EGO-WRAPPIN'『DanceDanceDance』

東京事変『ニュースフラッシュ』映画館配信

Creepy Nuts 『かつて天才だった俺たちへ』日本武道館公演

♡EGO-WRAPPIN'『Midnight Dejavu』

 

❇︎うるうるうるう!再生とオリンピックイヤーだったはずの2○2○。

当時周りのエンタメが悉く中止になり、ライブ開催が危ぶまれる&やってもめちゃくちゃ叩かれる状況。本当に心が痛かったし、数か月前から予測して実現に漕ぎつけた『天保十二年のシェイクスピア』千秋楽⇒『ニュースフラッシュ』初日という完璧な閏日の予定は、前者が2日前に公演半ばで中止となって幻になりました。

それでも、周りで誰も手に入れられなかった閏日のチケット="再生"の日の目撃者となれたこと、一生分の運を使ったと思う。選んでいただいてありがとうございました。

多くの皆さんが観られなかった実演が(映画館上映と配信はあったけれど)目撃できる日が一日でも早く来ることを願います。

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 

❇︎狂ったり失ったりするばかりだった2020年、最大の誤算はほんといまさら星野源さんの凄さに気付いたし、ズブズブに沼ったことだよ…

主にMIUなんですけど…いやもうヤバすぎるし今は毎日常に口からダダ洩れで追えないからそこはもう書かないけど…

放送期間の忙しいはずのタイミングで配信されたライブ、当日コクーンの『プレイタイム』観てたので途中から何の気なしに観始めたんですけどね…音楽そのものがワクワクするようなところは何となく知ってたけど、こんなに素敵な詞が乗ってたんだって感動しちゃって。

『恋』とか有名な曲も改めて発見があったし、なにより終盤弾き語っていた『私』の言葉の選び方と少ない音数の中の削ぎ落されたメロディーを知ったときにあっ落ちたなって思いました。生活者のまなざしと、大切な人を日々の中で愛するあたたかさ。私に足りない人間らしさを補っているような気持ちになる。

 

【おまけ 人が沼に落ちるとどうなるか】

もうほんと私ばか!モテキの時好きになりたかったよ!一番好きなシーンなのに!

端的に言えば才能と仕事量がおばけなんです。

すべての作品やラジオ・インタビューなどの発言に触れる度、感心・感動・感銘の嵐過ぎて「なんなんこの人…怖っ…」って毎日なるのに推すのやめられないんですよ…ある種の畏怖すら持ち合わせてしまう推しが居るなんて聞いてないよ…怖い…

 

 ❇︎EGO-WRAPPIN'好きなので配信多くてうれしかったです…昨年の今頃はMidnightDejavu初めて観に行って、憧れのキネマ倶楽部だぁってなってたのが遠い昔のよう。

音楽の全ての瞬間がめちゃくちゃセンス~!!!おしゃれ~!!!ってビビるくらい「洗練」って言葉が似合いますよね…今度はお酒飲みながら聴きたい…

 

☆音楽

Creepy Nuts 『かつて天才だった俺たちへ』

millennium parade "Philip" "Fly with me"

Dirty Projectors "Lose Your Love"

Caro Emerald "Wake Up Romeo"

Dua Lipa "Good in Bed"

東京事変 『ニュース』 "赤の同盟" "青のID"

米津玄師 "感電"

NiziU 『Make you happy』『Step and a step』

TWICE 『Eyes wide open』 "CRY FOR ME"

松任谷由実 "知らないどうし"

坂東祐大 『美食探偵 明智五郎 サントラ』

 

❇︎私にとっての2020年は「わし結構ラップとネオソウルすきなんやな」って気づいた一年でした。

ラップで言うとミーハーですけどCreepy NutsとNiziU。

Creepy Nutsは結構きわどいリリックの曲が一周回ってもういやらしくなくて好き。"阿婆擦れ"が一番好きです。あとそもそもトラックがめちゃんこおしゃれですよね…

次の誕生日を迎えた瞬間に必ず"サントラ"を聴くと心に決めた…

 

あとフランス語の勉強になるかと思ってフランス語圏のラップも聴いてたらまさかの空耳アワー…(やっぱり源さんのせい)


47ter - On Avait Dit Paroles/Lyrics. #47ter #onavaitdit

 

❇︎ばっちり自粛期間にNizi Project観てハマりました、わたしが年下の女の子にハマるなんて…(ちなみにWithU両方入ってるガチ勢)

推しの話すると、マヤちゃんのダンスと演技力から醸し出す雰囲気、めちゃくちゃ好みすぎるしみんなへのまなざしが確かで優しくてすごいよね…でもデビュー以降の曲見てるとマヤちゃんもっと目立つべき!才能を活かす場を!!!

そして途中から人のために素直に泣けるマユカの人柄とめきめき上手くなるラップで完全に推しとなった。Step〜のソロジャケのビジュアルが神すぎて言葉を失った。かわいすぎ。リマちゃんもあんなに美人でキャラ面白くてラップの申し子なのでラッパーチーム好きだわ…

この流れで今更K-POPも聴くようになりましたわ。TWICE先生とRed Vervetすき。

 

❇︎約束された年とは言え、事変がこんなに活動するとは思わなくてうれしい悲鳴。

 

 ❇︎『恋する母たち』観ていて、主題歌があまりに良すぎて。

いつも劇中の絶妙なタイミングであのイントロが鳴るとウワーッ!ってなるし、Cメロ?的な中間のところの美しさが異常。「降り止まぬ雨の中」って歌われている通り、主人公の杏さんは雨の中のシーン多かったしね。

幼少期によく聴かされていたもので、またユーミンって凄い…と聴き直してます。

 

❇︎ AppleMusicによると私の今年一番聴いてた曲、意外にもDua Lipaの"Good in Bed"だったんですよ…Gen Hoshino Remix版でもなく原曲。まあ踊る用に練習してたのもあるけど。アルバムの中でこの曲が一番好きだったので、本当に源さんがリミックスされて驚いた。

他の上位は大体星野源椎名林檎で占められているのでまぁわかりやすい人ですよね。MIU始まって沼落ちして以降、"肌"が好きすぎて狂ったように聴いてるな…音響ハウス版素晴らしいですよね…

 


星野源 - 肌(Live at ONKIO HAUS Studio 2018)

 

あと自分の好きな曲追っていくとどうやら"ネオソウル"にルーツを持つ曲ばかり好きなことがわかりました。(昔のラジオでご本人が仰っていた)

ほんともうなんなん…詞も曲も良くて芝居もできておばけか…と思っています。怖い…(2回目)

 

❇︎"感電"が最近CMで流れてるけどあれはアカンです…もうこの夏の存在しない人たちの物語を思い出すのでダメです…軽率に流してはいけません…

【Amazon.co.jp限定】MIU404 -ディレクターズカット版- Blu-ray BOX(オリジナルネックストラップ +ポストカード4枚セット付)

 

☆映画

♡マリッジ・ストーリー

ラストクリスマス

♡タレンタイム 優しい歌

芳華 Youth

♡ロマンスドール(舞台挨拶含む×3)

his

カツベン!

9人の翻訳家たち

Harriet

Cinderella

空気人形

ワンダーウォール

Blinded by the Light (カセットテープ・ダイアリー)

Little Miss Sunshine

水曜日が消えた

コンフィデンスマンJP

FOUJITA

僕の好きな女の子

♡Booksmart

アルプススタンドのはしの方

海の上のピアニスト(リマスター版&完全版)

mid90s

箱入り息子の恋

窮鼠はチーズの夢を見る

ピースオブケイク

TENET

甘いお酒でうがい

♡ミッドナイトスワン

♡罪の声

♡スパイの妻(初日&黒沢監督&長岡さんトークショー)

The Making of Motown

未来のミライ

♡薬の神じゃない!

ドクターデスの遺産

さくら

♡Stockholm (ストックホルム・ケース)

詩人の恋

おと・な・り

落下の王国

Le tableau de la jaune fille en feu (燃ゆる女の肖像)

カルメン故郷に帰る

銀座カンカン娘

 

❇︎基本こちらにまとめてます。ガチです。よろしくどうぞ。

 

eiga.com

 

❇︎本年も最推し高橋一生氏が大活躍だったし、もう蒼井優さんとはいろんな役柄で定期的に凄まじい芝居合戦してください。作品自体がまずお見事!という良作に恵まれ、そこでその都度求められる存在を滲ませていることが尊い

(2本とも良い作品過ぎて彼の存在抜きでちゃんと考察しました↓)

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 

❇︎『ミッドナイトスワン』も『罪の声』も邦画がとにかく良すぎて感想を書きそびれた…同時期に『スパイの妻』も公開だったけど、これらを映画館で観た時に、終映後ふつふつと内から湧き上がる怒りみたいなものが大きかったのをすごく覚えていて。

生まれ持った身体や心、思考・志向・主義・思想は選べない。犯罪者の子や孫として生まれる等出自も選べない。生まれ出る時代や国も選べない。生まれた瞬間から私たちは不条理だらけの世界に放り出され、まんまとそれに苦しめられたり、望みが叶わなかったり、存在そのものが無かったことにされたりする。

世間とか国家とか権力とか時代とか、そういった巨大で不透明な某かにいつも個人のささやかな望みや幸せな日常が握りつぶされること、そんなことが時代が下っても変わりないことに、私は震えるほど怒りを覚えました。

出来得ることは少ないとしても、せめていつも怒れる人間では在りたいよ。せめてね。

 

❇︎しかし『海の上のピアニスト』リマスターと中国映画『薬の神じゃない!』もめちゃくちゃよかった…

海~に関してはいつかちゃんと書きたいけど、主人公の1900じゃなくて「非凡な存在の最も近くにいたどこまでも凡人」であるマックスの視点で観ると最後の最後で死ぬほど泣いてしまいました。大半の人間はこっち側でしょう。

薬~は何の気なしに観に行ったら、全然知らなかった社会問題(ジェネリック医薬品の価格と密輸の問題)を提起しつつ、事実をベースにしながらフィクションとしての展開の面白さとラストの結び方(護送車のシーン…!)が素晴らしくて、年始に観た『芳華 Youth』と併せて中国映画面白いじゃんって思いました。

 


☆演劇・舞踊(配信含む)

キレイ (大阪大千秋楽)

♡セイムタイム・ネクストイヤー

グッドバイ

天保十二年のシェイクスピア (初日・2/18)

十二人の優しい日本人

PRE AFTER CORONA SHOW

プレイタイム

ジャージー・ボーイズ イン コンサート(観劇&楽日配信)

イヌビト-犬人-

ベイジルタウンの女神(初日&配信)

♡ゴーゴーボーイズゴーゴーヘブン

女教師は二度抱かれた

キレイ(2014年版)

♡もっと泣いてよフラッパー

INU-KERA vol.74

♡獣道一直線!!!

真夏の夜の夢

わたしの茶の間 沢村貞子の言葉

ピエタ

NINE

フリムンシスターズ

くるみ割り人形 (K-Ballet)

INU-KERA vol.75

 

❇︎舞台芸術がなくなるのでは無いかと思わされる年でしたが、無くなるどころかできることを手探りで工夫して、でも面白く"Show must go on"されている演劇人の皆様に心から拍手を。

そして手前味噌というか推し味噌(?)で申し訳ないですが、主演舞台があと2日で東京千秋楽だったところで中止になった際の高橋一生さんの挨拶、本当に文化芸術の意義を問う名挨拶でした。こんな人を好きになれて誇りに思います。ぜひ読んでいただきたいです。

日生劇場 絢爛豪華 祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』

 

❇︎まじめな感想とよいエピソード。

 

 

❇︎一応クソオタ目線のレポも置いておきますね。推しは芳しかった。

 

 

 

❇︎今年のベストは、規模としては最も小さいながら(人生で一番近距離で芝居観た)大作をなぎ倒す良作『セイムタイム・ネクストイヤー』

年に一回のみのひと時の積み重ね。人生の邂逅・大切な人の機微を細やかに捉えて心を鷲掴みにされました。あなたとわたしにだけわかるちょっとした言葉遊びとか、ケーキとか、ずれた時計とか、そういうものが誰かを生かす。

 

 

 

❇︎リーディング配信ですが同じくベストは、小泉今日子さんが主宰する株式会社明後日の14企画連続公演&配信のラストを飾った『ピエタ

深夜にめちゃくちゃ泣いてしまいました。こちらもまた女たちの人生の邂逅を辿る作品。彼女たちよりまだまだ年下の未熟者ですが、リアリティを持って響いてきました。

『セイムタイム~』も『ピエタ』も下北沢から。流石演劇の街。

 

❇︎コクーンの過去作品上映企画"COCOON Movie!!"が手軽に見逃したものが観られてとてもよい企画でした…2日で3時間くらいの芝居を2本ずつ計4本観たよ…おつかれさまでした。

そういえば源さんは大人計画の人だってことをすっかり忘れてて、今回若い頃の芝居してる推しが観られるよ!って舞台を観たことがない星野源ガチオタの親友を連れて行きました。正解でした。

さて、私は2019年版『キレイ』が初大人計画だった(おかわり大千秋楽を観に大阪に遠征してたのが今年の2/1、そこからの天保中止、事変ライブバッシング等1か月での変わりっぷりたるや…)ので、前回の再演を観て比較できたし、他2作は笑いと風刺がキレッキレな松尾さん節がとてもよく分かったし、串田さんの『もっと泣いてよフラッパー』は元々公演観ていて忘れられない大好きな作品なので、またお目に書かれて幸福でした。歌うお松さまと秋山さんは最強。

 

❇︎『獣道一直線!!!』ほんとに凄かった。「ねずみの三銃士」シリーズ初めて観たのですが。凄い本と凄い役者がコンプラギリギリの時事ネタから普遍的な人生の哀しみまで、全てぶち込んで笑いに変えてしまう。これぞエンターテインメント。

 

 

❇︎INU-KERAが地味に配信になっているの、おそらくご本人方は生で再開されたいんだろうなと思うんですが、めちゃくちゃ有難い…毎回行ってたわけじゃないのですが、予定が合えば行きたいから気軽に観られるの助かるし、芝居と音楽の話からくだらない話まで聞けて楽しいです。

 


☆テレビドラマ

きのう何食べた?正月スペシャ

義母と娘のブルース 2020謹賀新年スペシャ

10の秘密

恋はつづくよどこまでも

♡知らなくていいコト

♡アライブ ガン専門医のカルテ

病室で念仏を唱えないでください

♡コタキ兄弟と四苦八苦

絶メシロード

トップナイフ-天才脳外科医の条件-

テセウスの船

シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う

SUIT2

きょうの猫村さん

♡行列の女神〜らーめん西遊記

♡美食探偵明智五郎

ハケンの品格

♡レンタルなんもしない人

アシガール

JIN

逃げ恥

♡転・コウ・生

♡2020年5月の恋

Living

♡スイッチ

♡MIU404 

浦安鉄筋家族

未満警察 ミッドナイトランナー

♡いいね!光源氏くん

わたしの家政夫ナギサさん

竜の道 二つの顔の復讐者

DIVER-特殊潜入班-

おカネの切れ目が恋のはじまり

13

♡名建築で昼食を

私たちはどうかしている

アンサング・シンデレラ

♡おじさんはカワイイものがお好き。

♡真夏の少年〜19452020

♡妖怪シェアハウス

親バカ青春白書

危険なビーナス

極主夫道

監察医朝顔

共演NG

♡ハルとアオのお弁当箱

♡姉ちゃんの恋人

この恋あたためますか(未だ視聴中)

♡七人の秘書

♡ルパンの娘

♡30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい

♡恋する母たち

あのコの夢を見たんです

だから私はメイクする

35歳の少女

先生を消す方程式。

岸辺露伴は動かない

 

❇︎『アライブ』 

医療モノがあふれる中、現実に即した丁寧な描写で重さもありつつ、全ての人物の背景をきちんと描いていて静かな名作だった。

あと放映時、Twitterの検索欄で調べようとしたら予測変換で「アライブ 百合」って出てきました。現場からは以上です。

 

❇︎『行列の女神~らーめん西遊記~』

 お仕事ドラマとしてとても良かった…よくよく考えてみたら、まさか同枠が年末には『共演NG』となるとは…!

 

❇︎『美食探偵 明智五郎』

 『行列の女神』しかり、コロナ禍でめちゃくちゃになったクールの中で美味しそうな食べ物のドラマ(テイストは全然違うけど)があって良かったよ…

 マリア様がひたすらつよかったな…美しかったな…小池さんとともやんの仲が良すぎて素敵。豪華な楽器編成で重厚に紡ぐサントラ、好きすぎて聴いてます。

 

❇︎『転・コウ・生』

 森下・ハバネロ・佳子大先生に直虎で1年かけて調教されたみんな~!のためのリモートドラマでしたね。政次の中の人の「殿」呼びで号泣し、ネコ橋が強烈。

 

❇︎『2020年五月の恋』

リモートドラマはいろいろあれど、本作が最高傑作だと思いました。

人と会えなくなって、気付かないうちに気持ちがささくれ立ったり泣きたくなったり、人間ってそういうものなんだってことを劇中外で感じていたし、だからこそこんな風にちょっとでも声が聞けたり姿が見えたりするだけで心強いしあたたかくなりますよね。流石岡田さんの脚本はいつもあたたかくてやさしい世界で、また救われた。

微妙な距離感と少しずつ縮まっていく雰囲気が超絶素敵でした流石Wよう様!

しかもまだYoutubeで観られるの凄すぎない?

吉田羊×大泉洋「2020年 五月の恋」第一夜【WOWOW】 - YouTube

 

❇︎『いいね!光源氏くん』

久保みねヒャダのヒャダインさんとの旅で毎年バーチー最高すぎて大好きなんですけど、忘れがちですがこの方俳優なんだよね改めて思い出した。

劇中の光くんも中ちゃんもチャーミングすぎて途中まで忘れてたけど、彼らはフィクションの中の人間であって、虚構という壁と時代という壁をどうするのか?という結構大変なテーマを含んでるんですよね。その辺り学生時代に専門としていたため、個人的に特に中ちゃんの視点で思い入れを持って観てました。

 

❇︎『名建築で昼食を』

建築好きにたまらないマニアックドラマをありがとうテレ東…勉強にもなりました。

 

❇︎『妖怪シェアハウス』

なかなかにぶっ飛んだドラマかと思いきや、地味に演劇好きにたまらないベテラン怪優が揃ってるし、仕事上で女性ゆえに搾取される不条理とかパワハラに妖怪たちの個性や能力に助けてもらいながら"妖怪"=世間に流されず自分の意志で突き進む存在になる、というようなとてもよく出来た物語でびっくりした…

 

❇︎『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』

 チェリまほー!みんな誰かに一生懸命で素直な人しかいなくて優しい世界だった。その真っ直ぐさに救われたし、きゅんとしたなあ…

結局魔法が使えようが使えなかろうが、気持ちを伝え合うことが大切なんだなって改めて心に沁みました…くろあだお幸せに。

 

❇︎『恋する母たち』

三者三様でなかなかに凄い展開もありましたが(これがほんとの「全裸待機」とか)、個人的には同年代よりこれくらいの年齢の方の恋愛ドラマの方が障害が多かったり大人ゆえに葛藤があったりすごく好き。毎週すごく面白くて待ち遠しかったし、終わり方が最高に素晴らしかったです。私は元気が出たというか、恋愛や家庭のことだけでなくこの先の人生どういう選択してもOKですって言われて背中を押された感じがしたので。

あと丸太郎さんが落語家としても男としても大優勝です。器大きすぎだわ。惚れるわ。「あたしはね」って言うとこ好き。

 

❇︎『岸辺露伴は動かない

2年前の年末にも『満島ひかり×江戸川乱歩』シリーズの最高傑作『人でなしの恋』をぶち込んでくださったNHK!安定のNHK

今回もキャスト、演出、撮影、脚本、照明、音楽、美術、衣装、美粧等…全部素晴らしくて、原作急いで読んだけど実写化する意義を踏まえて上手くアップデートしつつ、怪しさ・妖しさ・胡散臭さ等と美しさが共存している不思議な世界でした…天晴れすぎる…

"露伴ちゃん"呼びするくらい岸辺露伴をずっと好きでいた一生さんが本当にその役を演じられたこと、『直虎』の時のあの一世一代の芝居を演出された渡辺一貫さんとまたタッグを組まれたこと、めちゃくちゃうれしかったです。

 

❇︎『スイッチ』

 2020年には沢山の"スイッチ"がありました。スイッチ=分岐点を沢山描いた『MIU404』と単発スペシャルドラマとして放映された本作です。2020年に生きていて良かった…

忘れてたけど6/20に両者とも放送前のリモート会見やってて、私観てたんですよ。こういうの、今後スタンダードになるのかな。

とはいえ、とにかくこんなに面白くてやばすぎて名前の付けられない関係の2人、この世にあってよいのだろうか…ウッ…と放送終了半年たっても未だに円と直のことを想ってしまうし、ついでにスイッチ押すのやめた軽井沢の4人たちのこともいつも想っています。もはや坂元さんと松さんに生かされている人間…

どこに居ても、いつ何時でも「スイッチを押す」し「スイッチを押してくれる」とわかっているし、それは互い以外の何人にも務まらないと解っている関係…”共犯者”が近い言葉だと思いますが、もう二人だけで完結していて完璧です。一生繰り返していてくれ…

 

❇︎『コタキ兄弟と四苦八苦』

 今年は完全に野木亜紀子先生に救っていただいた1年でした。 

 

 ・四、死苦

  死にゆく人間が最後に願うことは何か。秘められた思いを解いてゆく。

  テレ朝の傑作『dele』4話を思い出す。静かで美しく深い青をした海が余韻を残す。

  ・七、病苦

   十一、生苦

  自分と重ね合わせて観ていて、とても苦しかったです。

  例えば『MIU404』は自分にとって知らなかった・世の中でなかったとされている人々=遠いと思っていた存在を近くに引き寄せて考えさせられる"スイッチ"だったけれど、本作はほぼ自分なんじゃないかと思うような人物・シチュエーションが多くて、この先四苦八苦する度にこのエピソードたちを思い返してきっとゼロ地点からはじめます。おめでとう!ありがとう!

 

 

 

❇︎『MIU404』

毎日ね、通勤の時に乗っている電車が国立競技場のすぐ脇を通るんです。だから、最近は競技場が見えるように反対側の座席に座って、新宿駅を出て数分間は窓の外を気にしています。

突き抜けるような青い空、または白と灰色のまざった濁った色の空。日によって背景は違うけれど、あの"ゼロ地点"を毎日目視することが私の日課になったし、今日も「機捜のみんなが守ってる街」に暮らしているんだな、今日も頑張らなきゃなって…ウッ…ウグッ…

 

…取り乱しましたすみません。2020年夏、本作があってくれて、3話減ったとしても放送されて観ることができて、まだ404の二人はマスク姿でこの街をどこかで守ってくれていて、圧倒的な希望だった。

オリパラがなくなっても、指一本どころか見えない病ひとつでめちゃくちゃな世界になっても、悪い夢から醒めて、分岐点から弾かれて、彼らが生きている2020年になっていて良かった。

この夏のたった一瞬のきらめきをこの先も慈しんで、ここで生きて苦しんでこの世界を作らないと。彼等もまた働いているのだから。

本当に生きていて良かった。ありがとうございました。

 

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好きすぎて毎日みうのこと考えてるし呟いてて追いきれないので、感想は大してここには上げません…というか黙って本編を観てくれ…

ちなみに本編は放映とDC版含め5周くらいはしました。忙しくて開けてない円盤早く観たい…あとグッズ類はかなり買ってるし、メロンパン号3回拝みに行ったし、今後ももう金と行動でBIG LOVEを示していきたい所存…

 

みうを観て「相棒」という2文字にクソデカ感情を抱くようになってしまった…もう戻れまい…

 

一番好きなのは4話『ミリオンダラー・ガール』

現代を生きる女性の一人として、青池さんもハムちゃんも桔梗さんも遠い国の彼女たちも、「なり得る/なり得たかもしれないわたし」と思ってる。Girls,too.

 

志摩一未と中の人はマジで沼なのでやめたほうがいいですよ…芝居がうますぎる星野源…怖い…(3回目)

 

桔梗ゆづると中の人はマジで沼なのでやめたほうがいいですよ…桔梗家箱推しすぎる…(放送中ずっと「桔梗さんに叱られたい…」って言ってた私も大概だな) 

 

しまゆづと中の人はマジで沼なのでやめたほうがいいですよ…劇中と実際の矢印の向きが逆なんてことがあっていいのか…

 公共の電波で好きを振りまいているの、マジですきしかないです。推しと同担になる日が来るなんて人生は夢だらけ。いいぞもっとやれ

 

【おまけ】

例の星野源ガチオタの友人とメロンパン号拝みに行った帰りのこと

 

いろいろと沼りすぎた結果、深夜にトチ狂って人物相関図書いてた…

(ちなみに左の2人、右の3人はそれぞれ同学年です…なにがあったの?)

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以上!

こんな世界で生きてるだけで大優勝なので、来年も好きにいそしんで生き抜きましょうねー

正しく世界を謀り図れるものはあるのか ― 映画『スパイの妻』考察・感想

 

wos.bitters.co.jp

 

※盛大なネタバレです。

 前半は映像面でのお硬めガチ考察、後半は感想交えて思うがままに書いています。

 

 

 

 

★映像面について

 

 

 

☆光と影の美しさ

 

個人的に建築物や衣装のレトロさや色調が好きだったので、ポスタービジュアルの時点で優勝!と思っていたけれど、とにかくまずは照明が圧巻だった。

それだけでどういうシーンなのかがわかるようになっている。

 

例えば、聡子に満州の一件がバレる長回し(当たり前ですが芝居が圧巻です)のシーン。

倉庫内は基本的に暗いので全体的に暗めになりつつ、部屋の奥の方は隙間から光が差し込むので、

そこに立つともれなく線状に光と影が体に映される。

特に優作はそこで満州での真実を話すので、その凄惨さや不穏さがより引き立っていたように思った。

家のシーンでは、聡子の背景によくステンドグラスが映り込むのが美しく、

特にまだ何も知らない序盤では、ただ華やかさをプラスしたり、夫を想う妻の気持ちが滲み出たりしているイメージ。*1
 
私が一番印象に残ったのは、路面電車の中で2人が並んで座っていたシーン。

戦局によってアメリカに通常ルートでは行けなくなり最早”亡命”という手段しかない、と聞いた瞬間、

聡子の顔のクロースアップに右の窓から光が閃光のようにぶわっと差し込み、一瞬画面を光が支配していた。

危ないと解っていながら、それはこの人の正義を貫くために共に闘える手段であるということを悟ったのだろう。

おそらく不安や恐怖よりも、共に進むべき道筋が見つかったという覚悟とある種の喜びみたいなものすら、聡子から感じられた。

正解かどうかは分からないけれど、映画表現って凄いな、と呆然とスクリーンを眺めざるを得なかった一瞬。

 

 

☆スクリーン越しの視線の往来

 

もう一つ気になったのは、劇中映画の存在。

優作が聡子や文雄に演じてもらい撮っている、趣味の映画。*2

やがてその”映画を撮る”という行為が物語=虚構の記録ではなく、隠された真実の記録として機能していくアイテムとなる。

かつ、カメラを通して撮影する/されるという優作と聡子の関係性や視線の一方通行さを最初に提示しておいて、

撮り終えた映画を上映することで、劇中のスクリーンから劇中の人々へ、更には本物のスクリーン越しに私達にも、芝居をしている聡子という体で視線が反対方向へと返されていく。

 

しかも、この後聡子は真実が隠されたフィルムの存在を知って、自分で映写機を回している。

つまり、撮られるだけの存在だった彼女が能動的に映像を観ようと行動を取るという変化が見て取れるし、

そのフィルムの内容によって、 自ら真実を知ろうとして本当にそれを知ることになるし、或いは映画の中の自らと視線がぶつかり、

ラストにはその予想外の”視線の交錯”(=優作がフィルムをすり替えた結果)によって、死を免れることになる。

 
この多層的なスクリーンの構造・視線の営みに私はうっとりするタイプ(大学で専門だった)なので堪らなかった。
 

☆世界はフレームの中だけではない

 

出典は忘れたけど、一生さんのインタビューで「黒沢監督はフレームにとらわれずに撮ってくださる」みたいなことを仰っていた気がする。

私もそれを意識して観てみたら、例えば話している人間がメインにならずフレームアウトしていたり、頭や体の一部が切れていたり、本当にフレームに収めずに空間を使って芝居の動線をつけて、撮っているのだろうなと素人ながら感じた。

勿論、フレームに入る世界を徹底的に1940年の神戸として作り込んでいるリアリティとか美しさだけで惚れ惚れするようなシーンがいっぱいあるのだけれど、

本来カメラによって視点を定めるはずの映像作品で、それを狭めないでこちらに委ねさせるような映像で、フレームの外にも世界の広がりを感じさせる点は、ある意味舞台的かもと思った。*3

 

 

 

★人物について

 

 

 

☆なぜ『スパイの”妻”』なのか

 

 

本作のタイトルが『スパイの妻』なのがすごく良いなって。

”スパイ”じゃなくて”スパイの妻”の映画であるということ。

キャスティングの理由が最後まで観てめちゃくちゃ腑に落ちた。

 

sherry5honey7jouer.hatenablog.com

 

主演の二人と言えば、直前に『ロマンスドール』を経ているのでそのイメージも強く残っていたけれど、

『ロマンスドール』だと一生さんが先にクレジットされていて、本作では蒼井優さんが先にクレジットされている。

それも両作観ればわかるけれど、今回は本当に蒼井さんが演じる聡子が全部話を動かしていくし、

特に終盤、すり替えられたフィルムですべてを察し、スクリーンの前で笑う姿が本当に凄まじい。

それから、台詞回しが本当に昔の日本映画の女優さんって感じで、第一声から衝撃的だった。

(ヒロイン像については、『キネマ旬報』の轟さんの寄稿がすごく面白かったのでぜひ。「クルッと回る」女が物語を本当に動かしていた。)

 

 

☆イセクラ的高橋一生の底力

 

そして、今回一生さんが夫役な理由もすごくわかる。

まず確信したのが、満州から帰ってきたシーンで抱き着いてきた聡子を受け止めるシーン。

優しく抱きしめつつ、視線の先には草壁弘子が居てそもそも聡子を見てないし、

その目が全く笑ってなくて、しかも顎で「早く行け」みたいに指図しているわけで。

もうそのまなざしだけですごい高橋一生、と思った。(イセクラ故に雑な感想)

本当の意味では誰も見ていない、どこか感情の宿らないうつろなまなざし。

既に”この人は全部自分でやってのけるって腹括ってたんだな”っていうのが後でわかると、なおここが活きてくる。

 

また、彼は全部のシーンの言葉遣いが淀みなくて、スマートな所作でスーツも似合っていて、仕事もバリバリしている。

本当に様になる人なのに、どこか常に不穏さと不確かさを漂わせる。

この人は目の前に居るようで、本当は居ないのではないか?

夫に対して懐疑心を募らせていく聡子と同じような感情を、スクリーン越しの我々にももたらすところが流石。

 

そして、終盤。後述するがフィルムをすり替え、実は全部引き受けていた優作が、

船に揺られながら霧の中に消えていくあの数秒間の、

「してやられた」という気持ちと、「でも彼はそれをやると思ってた」と丸ごと腑に落ちる不思議な感覚。

聡子の狂った笑いと、レコードから聴こえる『かりそめの恋』*4

の高い声と優雅なメロディと、溶け合って全部消えていく様、間違いなく白眉のシーンだと思った。

絶対に忘れないと思う。

これまでの一生さんの役柄でも何度も感じてきたけれど、

この人ほど”不在にこそ際立つ存在”を演じたら右に出る人は居ないのではないか。  

 

www.cinra.net

 

考えてみれば、そもそも本作のメインビジュアルが公開された時点で、不穏な雰囲気が感じられるポスターだったなと。
というのも、洋館の設えと上品な洋服と色調のクラシカルな雰囲気の中で、優作の側だけ写真がまさに燃えようとしている。
まるでこの人物だけ存在しなかったかのように、意図的に消そうとしているように見えるなと思っていたので、
本当にその通りの結末になっていて怖くなった。

 

 

☆優作はいつどう生きられたら良かったのか

 

そして、優作という人物が本当にブレない人で、自分の真意をほとんど明かさず、

誰かが察することも許さず、底なしに自分の”正義”への欲求に基づいてのみ行動する人間である、

ある種の狂気・恐怖を感じさせるところも(一生さんの芝居は)流石。

だって、あの妻すら敵わなかったのだから。

証拠であるノートのみをあえて通報することで行動を起こした聡子も凄いけれど、

フィルムをすり替え、おそらくもう二度と会えないのを覚悟で全てを自ら引き受け、

”密航者”としての聡子をあえて通報し、あの結末に至らせたのは本当に驚いた。

 

  「あなたもよくご存知の方です」 

 

という台詞、2回出てくるけれどそれがお互いだったなんてこの夫婦怖すぎるだろ…って正直思いつつ、 

それでも、思い返すと優作は全部最初からそのつもりだったのだろうなと。

何故なら、彼はコスモポリタンかつ個人主義者であると自ら話しているし、正義という軸から決して外れないから。

個人の権利や幸福を追求するという考え方と、自分の正義や信念を通すためには命すら惜しまないという姿勢、

両者とも繋がって一貫してはいるのだけど、とても危うく、

そして彼は少し生まれる時代を間違えてしまったとしか思えなかった。

彼が時代の先を行き過ぎたし、時代は彼にとって遅すぎた。

…というか、今だって追い付いていないのかもしれない。

優作のような人間が生きられる時代はどこにあるのだろう?

 

 

☆「不正義の上に成り立つ幸福で君は満足か」

 

この台詞、最初に新宿ピカデリーの入り口の柱一面の広告に記載されていたのを見て、

なんて格好良く、真実を衝いた言葉なのだろうか、とため息がでた。

でも観終わった今は、とても複雑な気持ちで帰りにそれを眺めていた。

 

だって、あんまりにも、あんまりにも哀しいじゃないか。

 

全ての言動の根拠がただ愛する人と一緒に居たいだけだった聡子と、

聡子のことも愛していたけど、愛よりも正義に殉ずるしか選択できなかった優作は、どう考えても平行線でしかない。

決してその運命は交わらないだろうな、と思って本当にその通りだった。

この世界は、そしてそこで生きる人々は、愛でも正義でも、言ってみれば感情でも道理でも、正しく図って理解して、また等しく思い通りに謀ることもできないのではないかとただただ思った。

 

優作が聡子に「スパイではなくてコスモポリタンなのだから、君もスパイの妻なんかじゃない」と話すシーンがあったかと思う。
それから、最後に精神病院に入れられている聡子は、野崎に自分は全く狂っていないと言いながら、
「狂っていないことがこの国では狂ったことにされてしまう」と話していた。

歴史の中では優作は「国家反逆者のスパイ」として”始末”され、聡子は「スパイの妻」として病院に押し込められる、

その力のそこはかとない暴力性と残忍さに、私は怒りを覚えた。

 

そう、観終わった後一番感じたのは怒りだった。

 

ずっと不条理に満ちた世界に私たちは抗うことはできないのだろうかって、

最後の聡子みたいに海辺でたった一人にならなければ、声をあげて泣くこともできないのかって、

静かに怒っていた。どうしたらいいのかわからなかった。ただただ悔しい。

 

 

 

★おまけと感想

 

 

 

☆音楽

長岡亮介さん、元々椎名林檎さん経由でいろいろ神出鬼没なところを追ったりしているファンなので、今回本作のような映画に音楽を提供されるのは、ちょっと意外なイメージだった。

実際観ていても、全く普段のギタープレイやサウンド面からは想像できないようなクラシカルで重厚な音楽が紡がれていたので驚いた。

普段、浮雲名義でライブでふざけたりはっちゃけたりされている姿からは、失礼ながら想像できないような雰囲気。

 

 

☆結びに

もう劇中の聡子よろしく「お見事!」…としか言えなかった。凄まじい本気の本気の映画だった。

あんなにどのシーンを切り取っても、画面の中の建築物・内装・衣装・髪型・照明等全て美しく洗練されている本当に素晴らしい芸術作品なのに、

全セクションの本気さが終始スクリーンからほとばしっている。

静かで整った画面から秘められた熱いうねりを感じる傑作です。

 

NHK8K版を観たかったと思いつつ、その視聴環境をクリアした人にしか観られないのはあまりに惜しい。

映画化されて本当に良かった。関係者の皆さんありがとうございます。

 

*1:あの洋館、絶対聖地巡礼したいですよね。関西方面のイセクラさんに会いつつ…

*2:一瞬パテ社のフィルムケースごとフィルム映ったり、映写機持ってたりするけど、あの時代に”趣味”で一式持ってるっておいくら万円?こっわって思いました

*3:フォロイーさんと舞台化したところも観てみたいね!という話で盛り上がりました

*4:おそらくこれ。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm12320354

気になって元のミュージカル映画『Show Boat』と英語の歌詞について調べたら、なんか聡子の本心みたいに感じられて切なくなってしまった…

*Make Believe(空想してごらん)*ショウ・ボートより | ミスター・ビーンのお気楽ブログ

東京事変 ニュースフラッシュ 閏日初日レポ

まさかの林檎班先行でストレートに閏日取れてしまい、選んでいただいた国民として覚えている限り書いておきますね!
興奮のあまり記憶違いあるかもしれません、すみません。
選ばれざる皆様、様々なご事情で参戦を見送られた方々が、少しでも参加した気分になれますように。
 
ライブ決行に対して様々な意見があることも承知しておりますが、私も自分の体調と相談して自己責任で参加しております。
この点につきましては個別に返答は致しかねますので、どうぞご容赦くださいませ。

『ロマンスドール』

大学時代に、少しだけ人形というものに興味を持っていたことがあった。

江戸川乱歩の『人でなしの恋』が大好きで、ハンス・ベルメール球体関節人形の写真集を図書館でよく読んでいた。

同じ学部の女友達と「オリエント工業のドールってめっちゃきれいだよね」と盛り上がり、一度実物を拝見したいものだと話していたのが10年弱前の話である。

そして、2020年になってようやく人形、とりわけ"ラブドール"の神秘的な美しさと、その身体に宿ったり重ねられたりする様々な人間の欲望や切実な想いを、銀幕の中に完璧に封じ込めた形で目にすることができた。

私は既に3度観たけれど、3回とも心の中に溢れ出す感情のうねりを感じた。毎回エンドロールの仄暗さの中、ただ身を任せて静かに涙するしか無かった。

2020年始まったばかりなのに、『マリッジ・ストーリー』と『ロマンスドール』でもう夫婦もの・恋愛ものという映画を飛び越えて"濃密な人間関係”の映画として優勝という感じで、今年の映画界はどうなってしまうのだろうと期待してしまうくらいだ。

 

 

 

【映画を構成する要素について】

早い段階で、ビジュアルカラーが"スモーキーブルー"であると告知され、主演のお二人が寄り添うあの美しいポスタービジュアルを目にする度に、とても心惹かれるものを感じていた。

作品自体も、フィルム撮影によって画全体がやわらかで、まるで薄膜がかかっているような質感。

暴いてはいけない他人の秘密を、一膜ずつ捲って覗いてしまうような背徳感もあれば、本作は終始哲雄の視点というフィルターのかかったファンタジーとして、どこか現実離れした浮遊感を感じさせる効果もあるように思った。

照明やカラリストさんの仕事が素晴らしく、二人の関係性が画面全体の光の色調で見て取れるようになっている。

つまり、新婚の頃や互いの気持ちが通い合っているセックスシーンではあたたかみのある暖色の色調で、秘密と嘘ですれ違っているシーンでは冷たい色調。

興味深いのが、久保田商会のシーンは基本的に暗めの色調な点。工場ゆえにもともと暗い場所なのだろうけど、性と生にまつわるラブドールを生み出す場所なのに対照的なのが面白い。

久保田商会の面々が本当にチャーミングで面白くて、でも仕事はプロフェッショナルな素敵な人々だから、その眩しさと併せると釣り合いが取れるのかも。

 

視覚面だと衣装も特徴的で、特に園子の服の"青"と"黄"のコントラストが目を引いた。

最初に哲雄と園子が出会うシーンでのコートや、余命わずかになってからベッドの上で纏っているキャミソールワンピースは、まさに"スモーキーブルー"色。パンフレットによると、衣装部さんが生地から染めているそう。

がんを告げる早朝のシーンのセーターやお弁当デートのコートはからし色のような鮮やかな黄色。そして、出会いのシーンでも薄青のコートの下は黄色のセーターなのだ。

基本的に園子は儚いイメージとして描かれている。それは本作が哲雄の個人的視点であって、ラストの哲雄の独白にもあるように彼女に「美人」「貞淑」というイメージを持っていた。加えて、園子は確実に死に向かっていく生き物だ。

これは個人的見解でしかないけれど、そういった複数のイメージの象徴として、儚さを表す記号的な色としての青だったのかなと。

かつ、出会いのシーンで"青のコート"が"黄色のセーター"を内包しているというのは、やがて死が生を制してしまうという彼女の運命を予告しているようにも感じたし、園子の未だ知らぬ面…隠れた芯の強さや生命力や愛らしさや人としてダメな点も含め、哲雄や鑑賞者である私たちがこれから知っていく園子そのもののようにも思えた。だからこそ、後半で秘密と嘘を曝し、二人の関係が良くなっていく場面で、ふたたび黄色が多用されていたのかなと想像した。

 

その他では、朽ちかけの桜の花や蝉の鳴き声など、やはり儚さや死を想起させるモチーフが挿入されつつ、とにかく食欲と性欲が満たされるような場面が多かったなと。

なかしましほさんによる美味しそうなご飯を囲む食卓のシーンはもちろん、お弁当が愛妻弁当かコンビニ弁当かで二人の関係性が見て取れる。

相川さんが薄汚れた手で差し出した一切れのようかんや、田代さんが「キンキンそっくり」にドール造りに励む哲雄にくれた飴ちゃんや、開発に行き詰まった哲雄が「相川さんいただきますね」と口にするお供え物の大福。

園子の外泊時に一人でかき込むインスタント麺、いきつけの飲み屋での相川さんとの会話、ひろ子とのカラオケで机に置かれたジャンクフードたち。一方で、園子の死後飲まず食わずでドールを完成させる哲雄…

食べ物そのものや、それを囲むシチュエーションは、無言のうちに人の状況や心情を雄弁に語るのだと、ごく当たり前のことだが多様な食のシーンによって改めてそれを認識した。

でもやっぱり、園子の手作りごはんが一番おいしそうだし、二人でそれを囲んでいる多幸感も素敵な瞬間の一つだった。

 

性欲については後述するとして、もう一つの欲=睡眠に関してだが、劇中で文字通り眠っている人というのは二人しか出てこないはず。

職場のソファでうたた寝してしまった相川さんと、哲雄の帰りを待ってうたた寝してしまった園子である。(新婚時に哲雄も疲れて寝そうにはなっているけれど。)

この二人は劇中で亡くなってしまう人間でもあって、その点で関係があるのかな?と憶測ではあるが引っかかった。

 

 

【ドールを造るという行為】

 

さて、初めて哲雄が久保田商会にやってきた時、相川さんが歴代のラブドールの解説をしてくださっていたシーンがあった。お金目当てに弟子入りを承諾し、羊羹を頬張る哲雄がふとドールの足元を見遣ると、木札に筆で「一九八〇年代製 おもかげ」と書いてある。

私は初めて観た時から、この「おもかげ」という名前がすごく印象に残っていた。「思い出」とか「うつしみ」とか「はなこ」とかそういう名前じゃないんだって。なんて素敵な名前なのだろうと。

そして、上映後にパンフレット内のみうらじゅんさんとリリーフランキーさんの"ドーラー対談"のページで、「面影」がオリエント工業の初期のドールのお名前で「昔の金持ちや偉い方の娘や妻が死んだ時に人形を作ってる」というドールの歴史を知り、とても腑に落ちた。(ちなみに「面影」の次のドールの名前は「影身」らしい。素晴らしいネーミングセンス。詳しくはこちらに https://www.mazimazi-party.com/entry/orient-industry-lovedoll/)

哲雄が園子から「そのこ1号」を造る主たる目的は、まさにその園子の「おもかげ」を永遠に留めるゆえであると考えると、彼が伝説のドールを作り上げる行為はドールの正統な歴史そのものをなぞり、反復し、再現していることになる。

そのきっかけは、園子から「私を作って」と懇願されることだった。彼女の生前においては、それは互いに触れ合うことで身体の細やかな細部までいつくしみ、その存在を確かめ合うことと、身体を重ねる度に永遠の別れに向かっていくこと、矛盾する2つの意味を持った性行為を重ね、反復してゆくことだった。そして生前から死後にかけては、園子のおもかげを再現するドールを造ることによって、それを達成しようとしていた。

結婚指輪がゆるくなってしまう程にやせ細ってゆく園子の姿は、観ているこちらも痛ましくなる。しかし、どんどん体重が軽くなり空っぽになっていく身体に対して、型にシリコンを注いでいくドール造りや、文字通り身体の中に入っていくセックスは、物理的にも相反するイメージが重なっていく。そして、同時にその身体に哲雄はありったけの愛情もきっと注いでいるつもりで、園子もそれを分かって受け止めていたのだろう。

 

しかし、哲雄が園子の"ドールを造る"という行為は、果たして人間の再現になるのだろうか。どんな意味を持つのだろうか。

劇中でその答えは提示されているとは思うが、ここで公式パンフレットやキネマ旬報に記載されていた、高橋一生さんのインタビューを引用したい。

すなわち「本作はどんな映画だと思いますか?」という問いに対して、「絶望の物語」あるいは「絶望の波及攻撃」と語っているのである。

正直私自身は初見時にそういった感想は全く抱かなかったので、かなり衝撃的で脳天をハンマーで殴られたような感覚だった。

確かに、妻のドールを造るなんて「狂気」でしかないし、観返してみると「そのこ1号」が完売してしまった「よくわからない罪悪感と達成感」が、そのシーンの哲雄の表情からきちんと見て取れる芝居をしていることが感じられる。

洗濯機に頭を突っ込んでいるシーンなんて何度観てもつらいし、ドールが完成した後も彼の人生は続いていくという事実を考えると、決して明るい話ではない。

結末に関しては、「なんとなく空を見上げるように希望を見出していく話として作られているので、"絶望しないとわからない、その先”がきちんと描かれている」と話しているが、

ここで後述のラストシーン、すなわち海のシーンと、劇中何度も挿入される空のショットが意味を成してくるように思う。

個人的に、本作のビジュアルカラーゆえに青を想起させる空を多用したのかと思っていたのだけれど、最終的にあれは"哲雄が見ていた空”だったのではないかと思った。

もちろん哲雄の視点から語られる物語なのだから当たり前なのだが、きっと最初は何気なく日常の中で見上げていた空が、思い通りにいかない人生を重ねてゆく度にどんどん違う意味を帯びてきたのだろう。

その時間経過と心情の変化が最後で解き明かされ、鑑賞者にも腑に落ちるようにするためのモチーフだったのではないだろうか。

 

話が脱線したが、"ドールを造る”という行為は決して生身の人間の再現にはならない。

それは、哲雄が「そのこ1号」を抱こうとした夜に、そのこの顔にひとしずく落とされる涙の粒で、もう明らかになってしまう。

しかし、同時に「てっちゃん」と優しく呼ぶ園子の声が、唇に触れる体温が、頬を包む細い手が、一瞬だけでも哲雄の中に「おもかげ」が溢れ出た。

皮肉かもしれないけれど、「噓から出たまこと」という言葉の通りで、ドールという噓の身体と、哲雄と園子が互いに抱いた嘘や秘密と生身の身体を介して、

ふたりはやっと「まこと」に辿り着いたのではないだろうか。

 

また、二つ目の意味として「そのこ1号」=究極のドールであり、かつてその完成を試みた相川さんを継承するという点も忘れてはならないと思う。

それは師匠の技術を継ぐということでもあり、ほほえましくユーモアに満ちたやりとりで笑わせてくれた相川さんの「おもかげ」、遺志も引き継ぐということでもある。

だからこそ、途中で「キンキンにそっくり」と哲雄に声をかけた田代さんのあのシーンすら、思い返すと胸が詰まるような思いになってしまう。田代さんは哲雄を通してキンキンを思い出したわけだし、彼女含め久保田商会の面々も完成したドールを見て最後にそれを感じ取ったはずだ。もちろんそこで「園子ちゃんそっくり」と涙している田代さんも居て、周りの皆だって園子の「おもかげ」も同時に感じているはずだ。

 

 

【ラストシーンについて】

 

海辺で男子学生たちと流れ着いたダッチワイフを囲むシーンで、「大人って楽しいぞぉ〜」とさぞかし楽しそうにキャッキャしてるのだけども、ここまで映画を観ていればおそらく哲雄は「大人って(めちゃくちゃ悲しくて辛いことばかりだし、手に入らないものも多けれど、それでも)楽しいぞぉ〜」って本当は言ってるんだろうなと勝手に心中を想像せざるを得ないのである。これこそ"行間案件"だ。

学生たちと別れ、海の方へと砂浜を歩く哲雄。陸と海の境はまるであの世とのあわいのような境界線だ。その淵を歩く彼を、ここでも海と空のやさしい"スモーキーブルー"の色調が包み込む。そんな中、ラストの台詞が「スケベでいい奥さんだった」と、あまりに俗っぽい言葉で締められるのがまた良い。つまり、最後まで「なんとなく空を見上げるように希望を見出していく話」なのだ。

あんなに互いに嘘や秘密を重ねながらも、周囲に"完璧な奥さん"に捉えられ続けていた園子の"誰も知りえない秘密"がそれかい!と思いつつ、そのくだらなさこそに愛情が滲み出ているようにも感じられた。

(ちなみに演じていた一生さんも、一番最後が一番好きなセリフだと舞台挨拶で仰っていた。)

 

そのままネバヤンの主題歌、つまり一生さんの弟さんでもある安部さんのお声が聴こえてくるエンドロール。

本当にズルい。ズルすぎるよ。

本作を観て音楽を聴くとまた歌詞の響き方が全然違うし、やさしく包み込むようで浮遊感のある音色の重なりが、映画館の真っ暗闇をそっとたゆたい、一度引いた涙腺がそっと緩んでしまった。仄暗いあの空間に身を任せ、ただ涙するだけだった。

エンドロールを観てすごく良い映画を観たなってじわじわ感じられる、その瞬間のために映画館に足を運ぶ。貴重な映画体験だ。映画館でこそ観るべき作品だと思った。

 

 

 【キャストについて】

 

キャストもスタッフも全員素晴らしく、舞台挨拶で蒼井優さんが温かいけれど各セクションがきちっと仕事をするプロフェッショナルな現場というような話をされていて、本当にその通りなんだろうなと作品からも感じ取れたが、きたろうさんと渡辺えりさんの夫婦漫才のようなやり取りと、脇で見せる芝居の純度の高さはもうあえて書きませんが、とにかく初日舞台挨拶が楽しかったです…あんなに面白くていいのか!

そして、特にピエール瀧さんの出演シーン、多分全く削ってなさそう、というか削れないよなあと思うくらい印象に残った。お洒落さと怪しさが共存しながらも、職人に対して「とことんやれよ」と背中を押す姿、ラブドールへの飽くなき理想を求める姿(ドールの乳を揉みながら、ではあるが)、サツにしょっぴかれるシーンですらスマートに連れていかれる。元警察官なのにね、と笑いもきちんと掻っ攫う。とにかく"粋"というものを全身で体現したような素晴らしい役だった。採算、効率、コンプライアンス等、現代社会で重視されがちなものから外れた余白に宿る、いわば"ラブドール=芸術"の庇護者なのだと思う。

それから一瞬だけだったけど、刑事役が似合いすぎる大倉孝二さん。『カルテット』や『怪奇恋愛作戦』等、他作品も含めゆるくてふしぎな刑事役が似合いすぎる。もっとあのゆるーいやりとり見ていたかった。贅沢な使い方。

その刑事さんの「なんでこんなリアルに作っちゃうの、バカなの?」という台詞がすごく好きだ。あとSNSに書かれた「こいつら(=久保田商会の人達)バカでサイコー!」という一文も。

そうなんだよ、バカなんですこの人たち。ラブドールは本物の人間ではないし、リアルに作りすぎたら捕まる。それでも、そのリアリティに人生とプライドを賭けて作っている人が居て、そのドールを本物の人間同様に大切に愛する人たちが居る。

これはもう"芸術"なんです。無くてもいいものだけど、この世にあってほしいものを生み出している、その尊さに何度も胸が震えたし、それを愛情をもって「バカ」と評する人たちが居る世界が素敵だと思った。

 

個人としては高橋一生さんが大好きで、普段からそのご活躍を追って喜んでいるファンではあるけれど、それを抜きにしてもおそらく代表作の一つになるだろうと思わずにはいられなかった。舞台挨拶の際に「口コミで広がってほしいとは言わない、全体のストーリーなど覚えてなくていい。一瞬でも何か残るものがあればいいし、ひとりひとりが観て純粋に何か感じていただければ」というようなことを仰っていて、すごく一生さんらしいなと思った。

というのも、絶頂の後に園子の亡骸を抱いている時、そしてそのこ1号を抱こうとして涙が止まらなくなってしまった時、その泣き顔があまりに脳裏に焼き付いて離れないからだ。

永遠なんてどこにもないのだと、悟って、顔を歪めて、大の大人が嗚咽交じりに泣くしかない姿。あの横顔を、私はきっと一生忘れないだろう。

直近の出演映画『引っ越し大名』でも豪快な槍捌きに「銀幕スタァ」として惚れ惚れしたが、今回の芝居は彼の真骨頂のように思い、重ねて「この人の芝居はスクリーンでこそ映える」と思わざるを得なかった。

あぁこの人の芝居をずっと見ていたい、こんな芝居をする人を好きになって当然だったなと心から思った。

 

最後に、

人はあやまちを犯しながら、いつだって欲しいものはあとからついてくるのでしょう。

その愚かさと愛らしさを宿した、あの滑らかな肌色に満ち満ちた生命を

ただただ祝福し、いつくしみたくなりました。