je joue

好きだってことを忘れるくらいの好き

『ドライブイン カリフォルニア』

5/27ソワレ(初日)、6/4マチネ、6/5マチネ観劇

 

※戯曲は読んでいないため、観劇の記憶のみを辿ってます。間違いがあれば申し訳ないです。ご指摘いただけると助かります。

※どーしても推しなので、麻生さん演じるマリエの視点寄りで観ているというバイアスかかりまくりです。

 

 

・マリエをめぐる三角関係が不思議だし、第三者として側から見てる分にはすごく面白かったです。

要はアキオと若松ですね。


彼女と元夫の歪な関係(とは言え列車でのエピソードを踏まえると、どちらかが死ぬ運命と解りながら番にならざるを得なかったのも凄く納得できる)もなかなかのものですが、

アキオと若松はたぶん、一生マリエに振り回されながら生きていくんだろうなと想像できるし、後述しますが、それがマリエの今後の人生にとっても実は希望となるのだろうなと思いました。


観ていればそれは様々な形でわかると思うのですが、演出とか目に見える形で対峙させている構図が、個人的には興味深かったです。

既に冒頭で自作の曲を電話に吹き込んでいるマリエを挟みながら、若松とアキオは上手と下手側で対峙しているんですよね。若松はスカウトのため名刺を差し出し、アキオはスプーンに掬った蜂蜜をマリエに差し出しながら。

 


・というか兄妹とは言え、スプーン直に差し出して舐めさせるの、なんか観ては行けないものを観ている禁忌さを感じたのは私だけでしょうか…

これに関してもう少し突っ込むと、ラストの方でマリエがアキオに「最後(=最期と同義と考えてよいと思う)まで付き合ってよね」みたいなことを平然と言えてしまう関係性、やっぱり若松とか元夫とかにも入り込めないこの二人の絶対的な関係を感じさせるんだよな…と。

この文脈で観ちゃうと、「蜂蜜を舐めさせる」という行為=マリエが女王蜂みたいなイメージを想起させるように思いました。絶対服従と言うか、アキオは絶対嫌いにならないし、なんやかんや血を分け家の秘密を分かち合い、更に恋慕を滲ませたらそりゃ最強だろうよ…こわ…

 

 

・真っ先に竹の花が咲いた(かもしれない)に気づくのはマリア、ほぼ同時に窓辺に寄っていくのは若松とエミコで、我孫子家の面々はその後に遅れて目にするシーン。考えすぎかもしれないけど、このど田舎の小さなドライブインの家の中で起きる血の争えなさの反復(大辻息子ベビーが隔世遺伝とかもあるけどw)から外れている人たちが、竹の花というほぼ"フィクション"みたいな奇跡を見つけるように見えます(マリエの手品という体であっても)。


よく「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」と言いますが、その変奏みたいだなと思いました。

つまり、自分に近すぎる血筋とか運命とかはどうしても悲劇的に見がちで、第三者の方が引きで見ていて責任を伴わない分、希望になり得るような物事を見つけやすいのかもしれない。

もしこの集団幻覚かもしれないけど奇跡が起きなかったら、アキオがマリエとユキヲの代わりに暴れて地下に潜っていたかもしれないと思うと、悲劇が繰り返されなくて良かったな…と安心しました。

 


・『山なんか見たくない』(マリエの持ち曲たちマジで謎w)の衣装のマリエがめちゃくちゃ美しいのですが、大辻ベビーを抱いてセンターに立つとまるで聖母のような出立ちだし、そこからあの祠(でしたっけ?)の封印が解かれていくの、偶然じゃないと思うんです…うまく言えないけど…

 


・途中で開眼(?)するアキオ、言葉に勝った時の表現が凄く素敵でしたね…自分が触れた波が何かを残すみたいな台詞(既に忘れた)


クリコが「バカになりたい」って吐露するのも自分のことのように感じましたね…

彼女は文字通りたぶん賢い人だし、そのせいで若松の魂胆を知りながら一緒に居る…という点でも理解できるし、

もっと全体的な解釈をするならば、自殺するのはバカで、だから死ぬくらいならバカになればいいし、バカって身体に書き合って生きてるくらいの方がいいよね、っていうのを本当に目の前で繰り広げて見せられたの、クリコ含め観客である私も救われる気分でした…これも松尾さんの世界への解釈のような感じがしました。


あと「世界は見えるところまでしかない」って台詞とか、花を咲かせる手品とか、めちゃくちゃ『キレイ』の世界観だし、つまりそれは松尾さんの世界なんだよな…と。

 


・余談ですが、今回のMVP・東野良平さん演じるキレッキレのヤマグチ(一言話したり、動いたりするだけで面白すぎるwww)が、復讐しに来た時に、暴れながら「クズは病気だからそのままでいいんだ」みたいなことを吐いてた気がするのですが、それも上記の「バカになりたい」の価値観と根本は同じ気がしました。それくらいの気持ちで生きられたらいいよな…

 


・あとMVPに挙げたいのは川上友里さんのマリア!めちゃくちゃ良かった!フラれて秒で「ウワァァァ〜」って叫びながら退場したり、全力でマリエの歌を歌ったり踊ったり、

自分のブスさとか不器用さをコンプレックスに持ちながら、最後の集団幻覚での「キレイになりました」で、もうめちゃくちゃ愛おしかった!マリアちゃんはキレイだしかわいい!です!今度お店に遊びに行きたいよー

川上さんの舞台も観たくなりました。

 

 

 

・松尾さんの作品はぼちぼち観てるけれど、あんまりしっくり来なかった私の中で、

本作は凄く印象に残ったし、言ってしまえばマリエの死生観がバチバチに自分と一致したからです。

 

誰かが死んだ時に「死ぬのは私なのに」と思ってしまうこと

風や電車の音が「死んでいい、死んでいい」と聞こえること

マリエが希死念慮と共になんやかんや身内を喪いながら自分は死ねずに生き永らえてしまうところ、他人事には思えなくて苦しいくらいだった。


理由が明確にあるわけではないけれど、自分の生存理由や価値について何の根拠もないまま宙ぶらりんに生き延びていくのってしんどくないですか?そういうこと考えなくても生きられる人は生きられるんだろうけど。


でもそういう人生に解決方法も突破口も無いんですよね、だってそれが人生だから。

そのどうしようもない生きる悲しみ苦しみのようなものをそのまま描きながら、それと共存していく様に着地して見せてくれるところが、すごく松尾さんの眼差しの確かさのように感じられて、私にはむしろ希望でした。


多分これからもマリエは死にたくなるし、その死にたさは誰にも止められないけど、アキオや若松やら周囲の人たちに心配されたり支えられたりしながら、何とか生きていくんだろうな。すごく現実的だけど、それこそが人生なのだと。

 


・ラストシーン!喪服サングラスに酒瓶と煙草持たせたの誰!(松尾さんだけども)良〜!!!

あそーさん、そういう役あんまり見たことないからめっちゃ良かったというか色気とやさぐれ感のバランスが良かったし、推しにそんなんされたら惚れるわ。

 


・あそーさん大好きだけど、初演再演の秋山さんの舞台も結構観ていて、本当に舞台に立つべくして立っていらっしゃると毎回感じるすごく好きな役者さんなので、比較して観たかったな…

そもそも秋山さんの役をあそーさんにキャスティング振ったの凄いなとは思う…イメージ全然違うけど、松尾さんの采配なのかな?

 


・あと謎のかけ声(?)「シャランラー⭐︎」を女性陣総出でキメるとこめちゃくちゃ好きなので、流行ってほしい…笑